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生活の中の仏教用語

生活の中の仏教用語 - [178]

博士

「博士」
木場 明志(きば あけし)(教授・日本近世近代宗教史)

 学問に通じ、深い知識や高い識見を持った人を博士という。
 博士は歴史上の官職名で、『日本書紀』には百済(くだら)から古代日本に学術技芸を伝えた五経博士、暦博士などが見える。律令制では、大学寮に明経(みょうぎょう)、紀伝、明法(みょうほう)、算、音、書の博士、陰陽寮に陰陽、暦、天文、漏刻(ろうこく)の博士、典薬寮に医、女医、針、按摩、咒禁(じゅごん)の博士が置かれている。いずれも中国から伝えられた学問や技術に精通し、それを教育する任にあたる官職の称であった。今日の大学が与える学位として博士の称号は、この古代官職名に由来する。
 ところで、仏教語の中には博士が模範となる人を指すことから転じた用例がある。仏教音楽における声明(しょうみょう)の楽譜を「博士(はかせ)」というのである。音の高さや旋律あるいは曲節を点と線で図示したもので、墨譜と書いてハカセと読ませてもいる。伝統音である宮(きゅう)・商(しょう)・角(かく)・徴(ち)・羽(う)の五音(ごいん)について表記し、音の高さを記した五音博士(ごいんはかせ)、加えて旋律を記号化した目安博士(めやすはかせ)に類別されるという。
 なぜ博士が声明の伝統的楽譜の名称となったのか。それは、仏教が音を非常に大切に扱ってきたからであると思われる。儒教書の中国音を正確に発生することを教授した音博士の語に由来して、伝統音である五音を正しく発声する手本となるものを、博士と呼んだことであろう。
 『詩経』序に、「治世の音は安くしてもって楽しむ。その政和(やわ)らげばなり。…亡国の音は哀れんでもって思う。その民困(くるし)めばなり。」とある。音には楽(らく)と哀(あい)の別があって、楽音が国を和するのに対して、哀音は国を亡ぼすという。
 音に雅淫(がいん)・清濁(せいだく)・正邪の別があることは鎌倉時代の『元亨釈書』などに述べられ、仏教の価値は清音を世に布衍(ふえん)することにあるとする。そういえば、江戸時代には五音の占いというものが『浮世草子』などに見え、人の声によって天変地異や吉凶禍福を占って身の上を判断する者もいた。
 仏教では、経典を雅清の音で発声し、和讃などを美しく和らげに詠ずる声明は、人と仏が交感する世界を現出する作法である。経典によれば、浄土は常に妙(たえ)なる音に囲まれた空間である。その妙音の人による発声を表わした楽譜を博士と称する。

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