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生活の中の仏教用語

生活の中の仏教用語 - [175]

退屈

「退屈」
一楽 真(いちらく まこと)(助教授・真宗学)

 「退屈な日曜日」と言えば、何もすることがなくて暇をもてあましていることを指すだろう。「昨日見た映画は退屈だった」となれば、つまらなかった気持ちを表している。でも退屈の意味はこれだけではない。 仏教では、修行の厳しさに負け、歩み続ける気力をなくす場合に「退屈」と言う。文字通り、仏道修行に退き屈することである。やることがなくて暇なのではない。果たし遂げるべき課題が重要で、しかも大きいために疲れてしまうのである。一般に嫌気がさすことを退屈というのは、これが転じたものである。
 こと仏教に限らず、やるべき課題が大きいと、その前に立った時に茫然としてしまう。しかし、本当に大事なことであれば、決して投げ出してしまうわけにはいかない。退屈している暇などないのだ。
 蓮如は、「仏法のことをいうに、世間のことにとりなすひとのみなり。それを退屈せずして、また、仏法のことにとりなせ」と言う。仏法を伝えたいのならば、相手がなかなか理解してくれないからといって、投げ出すわけにはいかない。伝わるならば頑張る、伝わらないなら諦めるというのでは、自分の思い通りの結果を求めているだけであって、仏法が大事ではないのだ。
 とは言いながらも、すぐに投げ出してしまいたくなるのも人の常である。そんな私たちに対し、退屈を乗り越えていくには、師や友が大切であると仏教は教える。自分を育て導いてくれた人の生き様、悩みを抱えながらも頑張って生きている友だちの姿、それが自分自身の歩みの方向を確かめさせ、生きる力を与えてくれるのである。
 問題多きこの現実。生きる方向や勇気を失いそうになったときには、師や友のことを憶ってみよう。きっと自分だけが悩み苦しんでいるのではないと知ることができるはずだ。また、自分の隣に同じ様な苦しみを背負っている人が見えてくるかもしれない。
 それは退屈のない人生の始まりである。

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