ここからサイトの主なメニューです
  • 大学概要
  • 教育情報の公表
  • 入試情報
  • 新着一覧
  • 文学部 (2018年以降入学者)
    • 真宗学科
    • 仏教学科
    • 哲学科
    • 歴史学科
    • 文学科
    • 国際文化学科【2021年度募集停止】
  • 社会学部
    • 現代社会学科
    • コミュニティデザイン学科
  • 教育学部
    • 教育学科
  • 国際学部 (2021年4月新設)
    • 国際文化学科
  • 文学部 (2017年以前入学者)
    • 真宗学科
    • 仏教学科
    • 哲学科
    • 社会学科
    • 歴史学科
    • 文学科
    • 国際文化学科
    • 人文情報学科
    • 教育・心理学科
  • 大学院文学研究科
    • 真宗学専攻
    • 仏教学専攻
    • 哲学専攻
    • 社会学専攻【2019年6月廃止/修士のみ】
    • 仏教文化専攻
    • 国際文化専攻
    • 教育・心理学専攻
  • 短期大学部
    • 仏教科【2019年6月廃止】
    • 幼児教育保育科【2019年度募集停止】
  • 教員一覧
  • 学習支援
  • 地域連携
  • 国際交流/語学学習
  • 就職情報/キャリア支援
  • 学生生活サポート
  • クラブ活動
  • 学術研究
  • 生涯学習講座
  • 高大連携
  • 教員免許状更新講習
  • 校友活動
  • 図書館
  • 博物館

Home > 読むページ > 生活の中の仏教用語 > 兎角

生活の中の仏教用語

生活の中の仏教用語 - [163]

兎角

「兎角」
佐藤 義寛(さとう よしひろ)(助教授・中国文学)

 「智に働けば角が立つ、情に棹(さお)させば流される、意地を通せば窮屈だ。兎角この世は住みにくい。」
 夏目漱石『草枕』の冒頭の一節である。この「とかく」に「兎角」という漢字を用いるのは、いわゆる当て字であり、最近はあまり見られない使い方である。一方こうした当て字の「兎角」とは別に、由緒ある「兎角」ということばも存在する。漱石先生には申し訳ないが少し智を働かせてみよう。
 いうまでもなくウサギという動物にはツノなどあるはずがない。そこで中国の伝統的古典籍では、ありえないこと、起こりえないことのたとえとして、この言葉を用いる。もちろん絶対ないかというと、時にはあるかもしれないと考えたようで、『述異記』という書物には、「大亀に毛を生じたり、兎に角を生ずるのは、兵乱のきざしである。」というような記事も見える。この亀に毛が生えるというのも、兎角と同じ比喩で、通常「兎角亀毛」と熟して用いられる。
 一方仏典においても、この比喩はよく用いられる。たとえば「言葉は妄想であって、兎角亀毛のようなものである。」(『楞伽経(りょうがきょう)』)とか「補特伽羅(ふどがら)(輪廻の主体たる人間)は兎角亀毛のごときものである。」(『毘婆沙論(びばしゃろん)』)というように、その使用例は数多い。
 こうした仏典に用いられる例をみてみると、その根底には物質的精神的を問わず、世の中に存在するすべてのものは空である、という考え方が横たわっているように思われる。 この一切皆空の思想がいかに仏教にとって重要であるかは、その比喩表現の多彩さからもうかがい知ることができる。曰く、水中の月、虚空の花、鏡中の像、空中の鳥跡等々。
 この世は兔角のようなもの。一切皆空である。だとしたら何をあれこれと思い悩む必要があろう。そう悟れたなら漱石先生も「兎角この世は住みにくい」などと、つぶやかずに済んだのではないだろうか。

Home > 読むページ > 生活の中の仏教用語 > 兎角

PAGE TOPに戻る

ここからサイトの主なメニューです