ここからサイトの主なメニューです
  • 大学概要
  • 教育情報の公表
  • 入試情報
  • 新着一覧
  • 文学部 (2018年以降入学者)
    • 真宗学科
    • 仏教学科
    • 哲学科
    • 歴史学科
    • 文学科
    • 国際文化学科【2021年度募集停止】
  • 社会学部
    • 現代社会学科
    • コミュニティデザイン学科
  • 教育学部
    • 教育学科
  • 国際学部 (2021年4月新設)
    • 国際文化学科
  • 文学部 (2017年以前入学者)
    • 真宗学科
    • 仏教学科
    • 哲学科
    • 社会学科
    • 歴史学科
    • 文学科
    • 国際文化学科
    • 人文情報学科
    • 教育・心理学科
  • 大学院文学研究科
    • 真宗学専攻
    • 仏教学専攻
    • 哲学専攻
    • 社会学専攻【2019年6月廃止/修士のみ】
    • 仏教文化専攻
    • 国際文化専攻
    • 教育・心理学専攻
  • 短期大学部
    • 仏教科【2019年6月廃止】
    • 幼児教育保育科【2019年度募集停止】
  • 教員一覧
  • 学習支援
  • 地域連携
  • 国際交流/語学学習
  • 就職情報/キャリア支援
  • 学生生活サポート
  • クラブ活動
  • 学術研究
  • 生涯学習講座
  • 高大連携
  • 教員免許状更新講習
  • 校友活動
  • 図書館
  • 博物館

Home > 読むページ > 生活の中の仏教用語 > 冥加

生活の中の仏教用語

生活の中の仏教用語 - [155]

冥加

「冥加」
一楽 真(いちらく まこと)(講師・真宗学)

 冥加といっても、最近は生活の中で耳にすることはほとんどない。冥加金といえば、少しは聞き覚えがあるかもしれない。お寺や神社などに奉納するお金のことである。神仏に対する謝礼をお金で表わしたものだが、それがなぜ冥加と言われているのだろうか。
 冥という字は、「冥福を祈る」とか「冥土のみやげ」という言葉があるように、あの世を連想させる。しかしながら、もとは「くらい」という意で、はっきりと知られないことを指している。つまり、知らず知らずに与えられている神仏の加護や、さまざまなおかげ、それを冥加というのである。
 私たちはどんな時に「おかげさま」と感ずるだろうか。ほとんどの場合が、自分の願いが叶った時ではなかろうか。しかも、自分が直接に知っている事柄に対してだけ、おかげさまと感ずる。きわめて狭い範囲しか見ていない。
 ところが、生きているということは実に多くのことに支えられている。日頃は特に意識することもないが、私たちは他の生き物のいのちを食べて生きている。動物たちばかりではなく、植物たちからも、さらに言えば、水や空気からもいのちをもらっている。
 この事実を忘れて、自分だけで生きているように思うならば、それは傲慢というほかはない。自分に都合の良いものは利用し、都合の悪いものは排除する、そんな生き方になっていくのではなかろうか。実際、現代の人間中心の文明は、自然を利用することのみに走り、感謝を忘れてしまっているように見える。
 あの蓮如も言っている。「いよいよ冥加を存ずべき」と。無数の縁に支えられ、育てられていることを知りなさい、というのである。冥加ということを教わらなければ、人間中心の発想がどれほど狭く、傲慢であるかに気づくことはできないのである。
 この意味で、冥加とは、自分の願い事を叶えるために神仏に期待することではない。すでに支えられていたことへの感謝が込められた言葉なのである。

Home > 読むページ > 生活の中の仏教用語 > 冥加

PAGE TOPに戻る

ここからサイトの主なメニューです