ここからサイトの主なメニューです
  • 大学概要
  • 教育情報の公表
  • 入試情報
  • 新着一覧
  • 文学部 (2018年以降入学者)
    • 真宗学科
    • 仏教学科
    • 哲学科
    • 歴史学科
    • 文学科
    • 国際文化学科【2021年度募集停止】
  • 社会学部
    • 現代社会学科
    • コミュニティデザイン学科
  • 教育学部
    • 教育学科
  • 国際学部 (2021年4月新設)
    • 国際文化学科
  • 文学部 (2017年以前入学者)
    • 真宗学科
    • 仏教学科
    • 哲学科
    • 社会学科
    • 歴史学科
    • 文学科
    • 国際文化学科
    • 人文情報学科
    • 教育・心理学科
  • 大学院文学研究科
    • 真宗学専攻
    • 仏教学専攻
    • 哲学専攻
    • 社会学専攻【2019年6月廃止/修士のみ】
    • 仏教文化専攻
    • 国際文化専攻
    • 教育・心理学専攻
  • 短期大学部
    • 仏教科【2019年6月廃止】
    • 幼児教育保育科【2019年度募集停止】
  • 教員一覧
  • 学習支援
  • 地域連携
  • 国際交流/語学学習
  • 就職情報/キャリア支援
  • 学生生活サポート
  • クラブ活動
  • 学術研究
  • 生涯学習講座
  • 高大連携
  • 教員免許状更新講習
  • 校友活動
  • 図書館
  • 博物館

Home > 読むページ > 生活の中の仏教用語 > 同朋

生活の中の仏教用語

生活の中の仏教用語 - [150]

同朋

「同朋」
小野 蓮明(おの れんみょう)(教授・真宗学)

 ひとしく真実の教法に結ばれて生きるともを、同朋・同行という。
 釈尊と仏弟子たちが、教法に統理されたさんが僧伽と呼ばれる和合衆を形成されたように、真実の教えは、人間のもっとも本来的ないのちの共同性に目覚めたたしめ、教法に統理された共同体を生むものである。本願念仏の教えに開かれる目覚めを信心というが、信心は個人の内的な自覚体験にとどまるものではなく、念仏の法に帰して生きる人びとを新しく連帯せしめ、「ともの同朋」といわれる和合体の世界を開くものである。
 親鸞の場合、関東在住の約二十年の間、ひたち常陸(茨城県)を中心に下総(しもうさ)下野(しもつけ)にわたって、数多くの人びとを教化された。しかしそれは、人の師となろうとしてのことではなかった。むしろそれは、

ぶって仏慧功徳をほめしめて
十方の有縁にきかしめん
信心すでにえんひとは
つねに仏恩報ずべし
と詠われたように、本願念仏の教えを、いまこそ身をもって証していくという責任と使命によっていた。その教化の態度はつねに、内には「名利に人師をこのむ」ことへの厳しい懺悔と、外には「弟子一人ももたず」という徹底した姿勢を貫き、また、門侶に対しては「御同朋・御同行」とかしずき、深い敬愛の念をもって交わられたといわれる。それらの人びとの多くは「下類」とさげすまされ、「いし・かわら・つぶて」のように生きる群萠の生活者たちであった。親鸞は、仏の本願に喚びさまされて念仏に生きる人びとを、つねに友とし同朋として、ねんごろに交わっていったのである。
 利害にとらわれて生きる現代には、あらゆる面で人間の孤立化・孤独化の現象があらわれている。人間が一つのいのちを共に生きるものとして、いのちの共同性に目覚めたって生きる真の和合体、同朋社会の顕現こそ、現代の課題の一つである。中国浄土教の曇鸞が、「遠く通ずるに、それ四海の内みな兄弟とするなり」(『浄土論註』)といわれたような、同朋社会の実現が望まれる。

Home > 読むページ > 生活の中の仏教用語 > 同朋

PAGE TOPに戻る

ここからサイトの主なメニューです