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生活の中の仏教用語

生活の中の仏教用語 - [143]

魔

「魔」
佐藤 義寛(さとう よしひろ)(助教授・中国文学)

  中国唐代を代表する詩人で、日本人にも長恨歌や琵琶行などの歌でなじみの深い白楽天の詩の一節にこんなのがある。

苦(ねんご)ろに空門の法を学びてより 銷し尽くす平生種々の心 唯だ詩魔のみありて降すこと未だ得ず 風月に逢う毎に一えに間吟す   (愛詠詩)
 仏教に帰依してより日々の苦悩の多くからは自由になり得たが、ただひとつ詩作という魔からだけは、いまだに抜け出せないと言うのである。白楽天という人は、この他にも「酒魔」や「書魔」という表現も詩中に用いているのだが、ほかのどの魔よりもこの「詩魔」に苦しめられたようである。
 白楽天を苦しめた、この「魔」という存在は、それほど仏教では重要な意味を持っている。本来サンスクリット語では「マーラ」といい、これを音写して「魔羅」とも書く。そもそもは自らの命を奪うものを言ったようであるが、同時に悟りに至るための修行を邪魔するもの、煩悩などをも意味する。後世、三魔・四魔・五陰魔などと様々に分類されるがその多くが自らの内にある「魔」を捉えたものである。
 もちろん釈尊の修行を執拗に妨げた魔王「破旬(パーピーヤス)」一族の物語なども存在するが、これとても決して釈尊の外に存在した「魔」ではない。言ってみれば、釈尊を苦しめた魔王一族の存在というのは、釈尊自身の心の中に存在した悟りへの障碍(しょうがい)を文学的に表したものなのだろう。いやこの内なる「魔」は、ひとり釈尊のみ存在したのではなく、白楽天にも、そして私たち自身の中にも存在している。そしてこの恐るべき魔王、自らの内なる魔に打ち勝つことは、釈尊にとってさえ容易なことでなかった。それゆえ白楽天も生涯苦しんだのであろう。
 釈尊は魔に勝ち、白楽天は真摯に見つめ戦った。せめて私たちも、自らの内なる魔の存在に気づいていたいものである。

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