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生活の中の仏教用語

生活の中の仏教用語 - [086]

更生

「更生」
吉元 信行(よしもと しんぎょう)(教授・仏教学)

 「更生」という言葉は「生き返ること、新しく変わること」という意味でよく使われる日常語である。たとえば、倒産企業の会社更生法の申請、廃物の更生、悪からの更生、更生保護、更生施設、更生医療など。しかし、この言葉は、宗教的に重要な意味をもつ仏教用語でもある。
 『涅槃経』という大乗経典に、体の衰弱でまさに死なんとする帝釈天[たいしゃくてん]という神がブッダの説法によって生き返ったとき、次のような感謝の気持ちを告白している。

世尊よ、私は今、即死即生しました。命を失い命を得たのです。(中略)このことがまさに“更生[きょうしょう]”です。あらためて命を得たということです。
(『梵行品第八』)
 このように仏教においても、過去を捨てて、まったく新しく生まれ変わることを意味している。このことは、次のような原始仏典の物語にも見ることができる。
 ブッダの時代、アングリマーラという仏弟子がいた。彼は、もと残忍な凶賊であったが、ブッダの教化で比丘になった。ある時、彼が托鉢していると、難産の婦人を見かけた。当時、お坊さんに真実の言葉を唱えてもらうと安産するという俗信があり、真実語で婦人を助けようとした。しかし、何百人もの殺人をした彼にとって、自分の過去についての真実の告白はどうしてもできないので、ブッダの所へ帰り、教えを求めた。そして彼はブッダに教えられた「私が仏弟子となって以後、決して他を害したことはありません」という真実語を婦人の前で唱えたところ、彼女は安産した(『中部経典』八六)。
 彼は出家をしたけれども、罪の意識に苛[さいな]まれて、なかなか覚りが得られなかった。しかし、このブッダの教えによって、暗い過去のしがらみを越えて、仏弟子としてすっかり生まれ変わって、これからの精進こそ大切なことであると学び、最高の仏弟子の境地に達したという。
 一般に、更生というのは、周りから手助けされるもの、与えられるものと受けとられがちであるが、私たち自身が強い意志をもって、新しく生まれ変わり、変革していこうとする主体的な意味をもつことをあらためて仏教は教えてくれている。

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