ここからサイトの主なメニューです
  • 大学概要
  • 教育情報の公表
  • 入試情報
  • 新着一覧
  • 文学部 (2018年以降入学者)
    • 真宗学科
    • 仏教学科
    • 哲学科
    • 歴史学科
    • 文学科
    • 国際文化学科【2021年度募集停止】
  • 社会学部
    • 現代社会学科
    • コミュニティデザイン学科
  • 教育学部
    • 教育学科
  • 国際学部 (2021年4月新設)
    • 国際文化学科
  • 文学部 (2017年以前入学者)
    • 真宗学科
    • 仏教学科
    • 哲学科
    • 社会学科
    • 歴史学科
    • 文学科
    • 国際文化学科
    • 人文情報学科
    • 教育・心理学科
  • 大学院文学研究科
    • 真宗学専攻
    • 仏教学専攻
    • 哲学専攻
    • 社会学専攻【2019年6月廃止/修士のみ】
    • 仏教文化専攻
    • 国際文化専攻
    • 教育・心理学専攻
  • 短期大学部
    • 仏教科【2019年6月廃止】
    • 幼児教育保育科【2019年度募集停止】
  • 教員一覧
  • 学習支援
  • 地域連携
  • 国際交流/語学学習
  • 就職情報/キャリア支援
  • 学生生活サポート
  • クラブ活動
  • 学術研究
  • 生涯学習講座
  • 高大連携
  • 教員免許状更新講習
  • 校友活動
  • 図書館
  • 博物館

Home > 読むページ > 生活の中の仏教用語 > 出生

生活の中の仏教用語

生活の中の仏教用語 - [080]

出生

「出生」
吉元 信行(よしもと しんぎょう)(教授・仏教学)

 辞書で「”シュッセイ”出生」を引くと、「”シュッショウ”を見よ」とある。文字どおり、胎児が母胎を出て生まれることである。「出生(しゅっしょう)」という名詞、あるいは「出生する」と動詞に使われる以外に、「出生地」「出生届」など、日常よく使われる言葉であり、これが仏教用語であることはあまり意識されないで使われている。
 仏典には、人が出生するということは、父母の和合など様々な因縁によって成立することが述べられ、「もしくは母が飲食をするとき、種々のこれこれの飲食物や精気(エネルギー)によって活名することが胎を受けることの根源である。形体が完成し、感官がそろい、母によって出生を得る」(『増一阿含経(ぞういつあごんきょう)』巻30)と説かれる。このように、出生という言葉には、私がこの世に生まれてきた背景は種々様々な縁(条件)によっているのだという意味が込められているはずである。
 このことを現代の我々にはっきりと教えてくれるのがブッダの出生をめぐる伝説である。このことはまた「生誕(しょうたん)」「降誕(ごうたん)」などという言葉でも讃えられる。よく知られているように、ブッダは生まれたばかりで北に向かって七歩歩み、「天上天下唯我独尊」と声高らかに獅子吼(ししく)したという。この言葉の字面を見ると、ブッダは何と傲慢な人であると思われるかも知れない。
 ところが、この部分に相当するインドの原典を見ると、「私は世界で最も老いた者である。これは最後の生である。もはや再生はない。」という文が加わっている。生まれたばかりの赤ん坊が最も老いたというのはどういうことであろうか。それは、誰よりも多くの輪廻を繰り返して今ここに生まれてきたという過去を背負った言葉であり、もうこれ以上生まれ変わることはないという決意を秘めた言葉ではなかろうか。そうすると、「唯我独尊」とは、「私は様々な因縁によって、誰よりもかけがえのない尊い命をもらってこの世に生まれてきた」という意味になる。出生とは、我々が今ここに生を受けて生活しているこの現象が如何に意味深いものであるかを考えさせてくれる言葉である。

Home > 読むページ > 生活の中の仏教用語 > 出生

PAGE TOPに戻る

ここからサイトの主なメニューです