新年を迎えるための新歳経

『新歳経』という仏教経典がある。その名のとおり、新たな一年を迎える心構えを説くお経だ。ただし新年といっても、ここでは雨安居(雨季に実施されるお坊さんたちの合宿)の明ける時期を指す。我々の思い描く暦年とは時期が異なる。

『新歳経』の内容は興味深い。雨安居をともに終えた僧たちを前に、釈尊が次のように言う。「今からあなたたちに要請します。〔雨安居中の〕わたしの行いについて、何か叱責されるべきことはありましたか?」。つまり自分で気づくことができない過失については指摘してくれないか、との要請だ。専門用語で「自恣」という。新しい一年を迎えるにあたり、釈尊もまた周囲の協力を得て自らの姿勢を正したのだ。

この教説をどう受けとめるかは人それぞれだ。新年を機縁として、旧年のふるまいを反省するもよし。あるいは昨年までの歩みを着実に継続するもよし。大切なのは、日々の自己点検を怠らないことであろう。とはいえ、自分の過ちに気づくことはいつも難しい。

『新歳経』には続きがある。僧たちもまた、釈尊に要請する。「今から世尊に要請します。〔雨安居中の〕わたしの行いについて、何か叱責されるべきことはありましたか?」。自身の過ちを知るには、信頼する相手からの助言が必要だ。そして何より、相手に対する信頼がなければ、その言葉も耳を素通りしてしまい、私のなかに残らない。相手の言葉を助言として受けとめるために、信頼が必要なのだ。『新歳経』に示される釈尊と僧たちの姿勢に、新年を迎えた今こそ注目したい。

PROFILEプロフィール

  • 上野 牧生 准教授

    【専門分野】
    仏教学

    【研究領域・テーマ】
    インド仏教/阿含経典/ヴァスバンドゥ/世親/『釈軌論』