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Home > 読むページ > きょうのことば > ただ靴の皮によってのみ、地は覆われた物となる。

きょうのことば

きょうのことば - [2019年01月]

ただ靴の皮によってのみ、地は覆われた物となる。

「ただ靴の皮によってのみ、地は覆われた物となる。」
シャーンティデーヴァ『入菩薩行論』(『悟りへの道』平楽寺書店 50頁)

  8世紀インド仏教の中観派(全ての事物は固有の実体を持たないという考えを重視する学派)の思想家シャーンティデーヴァ(寂天)は、悟りを求める者たちが行うべき実践のあり方を、自らの宗教的体験に基づき、913句の詩にまとめました。
  それが『入菩薩行論』です。全10章からなるこの作品の第5章は、「正知(しょうち)の守護」と題されています。「正知」とは、本作品自身の中で定義されているところによると、「心身の状況を繰り返し観察すること」です。

  この章では、まず、心を制御することによって安寧が得られることが説かれ、次いで、6つの実践徳目(六波羅蜜)の成否は、心のありようにかかっていることが説かれています。標記のことばは、その6つの実践徳目のうち「忍辱(にんにく)」すなわち、耐え忍び、怒りのない状態に至るためには、どのような心であるべきかを説く箇所にあります。

  靴の皮は足を覆うものです。なぜそれで地が覆われると言えるのでしょうか。このことばは、「大地を全て覆うべき皮革は、どこから生じうるか。それは何処にもありえない」ということばに続き一句の詩を構成しています。石がゴロゴロしているところ、荊(いばら)の生えたところを歩く時、足を保護するために、そして、歩きやすくするために、大地全てを皮で覆ってしまおうとしても、それは不可能なことです。その代わりに私たちは皮の靴を履くのです。皮の靴を履くことによって、大地を皮で覆うのと同じ効果が得られるのです。

  この詩の次には「これと同様に、予は外界の存在物を制止することはできない。が、予は自心を制止しよう。どうして他を制する要があるか」という一句が続きます。私たちは日常の中で、嫌なこと、避けたいことに常に出会います。その時、大地全てを皮で覆ってしまうように、嫌なこと、避けたいことそのものを変えることは不可能なので、むしろ、皮の靴を履くように、そうした事柄に対応できるよう自分自身の心の持ちようを変えてゆく必要がある—これが、この2つの詩で述べられていることなのでしょう。

  ただ一つ注意したいことがあります。この考えを一方的に推し進めると、社会的不正に対する抗議や、それに基づくよりよい社会への変革を阻害する機能を果たしてしまうのではないでしょうか。『入菩薩行論』のこのことばは、あくまでも、自己を深く透察したところから紡ぎ出されたものであって、抑圧に対する忍耐を強いるものとして利用してはならないでしょう。

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