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Home > 読むページ > きょうのことば > 「自由な学芸」とは、それ自身のうちに目的をふくむような人間活動です。

きょうのことば

きょうのことば - [2017年04月]

「自由な学芸」とは、それ自身のうちに目的をふくむような人間活動です。

「「自由な学芸」とは、それ自身のうちに目的をふくむような人間活動です。」
ヨゼフ・ピーパー(『余暇と祝祭』講談社 53頁)

 ヨゼフ・ピーパー(1904-1997)は、ドイツ人のカトリックの思想家で、中世を代表する神学者トマス・アクィナス(1225頃-1274)らによるスコラ哲学に関する多くの優れた著作を残している人です。アクィナスは、実益を目的とした学芸は「奴隷的」であるが、知ることそれ自体を目的としているような知識を扱う領域は「自由な学芸(リベラル・アーツ)」であるとして両者を区別しました。

 なぜ実益を目的とした学芸は「奴隷的」なのでしょうか?自然科学・社会科学の知識の多くは、私たちに目に見える利益をもたらします。しかし「利益」という概念は基本的に経済的・物質的なものです。それゆえ利益をもたらす学問というのは、奴隷がそうであるのと同様に、主として人間の肉体的な必要に関わるものです。とりわけ、ピーパーによれば、現代社会は労働中心の社会であり、そこではあらゆる知的営みが「労働」(つまり人間の肉体的な必要を満たすための活動)に還元されてしまうのです。

 人間は身体なしには生きてはいけませんから、物質的な必要を満たすことも大切です。しかし人間は、本能のみに従って生きる他の動物とは決定的に異なります。例えば自分自身を反省的にみつめ、「自分は何のために生きるのだろう?」とか「自分とは誰なのだろう?」と問い得るのは人間だけです。それは何か実益のために問うものではありませんし、簡単に答えが得られるものでもありません。そんなことを考えなくても物質的な意味で生きていくことは可能です。しかしそれでは私たちの生は動物と大差ないものになってしまいます。人間が人間として生きるには、現実の生活の役には立たないけれども人間のみが問い得る事柄に真摯に向き合っていくことが不可欠なのです。そうした問いに関する学びは、実益の束縛から自由となって学ばれるので「自由な学芸」と呼ばれるのです。

 学生の皆さんは現在、学校教育の最終段階である大学で学んでいますが、「学校」を意味する英語のschool(スクール)という語は、「余暇(レジャー)」を意味するscholē(スコレー)というギリシア語に由来します。真の意味での「余暇」とは、単なる気晴らしではなく、労働などによる多忙さを離れ、人として最も価値ある事柄に向き合うことを指すのです。就職を意識して行うような学びももちろん大切ですが、それ以上に、四年間の学生生活のなかで、人間として一生問い続けるに値するような本質的な問いに目覚めてもらいたいと願います。

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