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きょうのことば

きょうのことば - [2013年02月]

無一物となった者は、苦悩に追われることがない。

「無一物となった者は、苦悩に追われることがない。」
『ダンマパダ』(『ブッダの真理のことば・感興のことば』岩波文庫41頁)

 これは『ダンマパダ』(真理のことば)第17章「怒り」のなかのことばです。このことばを含む全体は次の文章です。

怒りを捨てよ。慢心を除き去れ。いかなる束縛をも超越せよ。名称と形態とにこだわらず、無一物となった者は、苦悩に追われることがない。
 怒りを捨て、慢心を捨て、煩悩(ぼんのう)としての束縛を無くし、名前と形とを持つもの、つまりわれわれの目の前にあるものを欲しがらず、所有物のない者には、苦悩がないと言われています。怒りなどの煩悩を捨て、何も所有していない者には苦悩がない、つまりすべての煩悩を捨てた者には苦悩がないという意味です。

 旅に出るときは最小限の荷物で身軽な方が楽しいものです。人生もそれと同じです。さまざまな重い荷物は、それだけで苦しくなってきます。怒りや欲望という苦しみの原因となる荷物は捨てるべきです。社会や職場や家庭のなかでのさまざまな人間関係それ自体は善でも悪でもありません。しかし、その関係に対して執着すると、もしくは嫌悪するとそれは苦しみの原因となります。そういう執着や嫌悪という煩悩は捨てるべき荷物です。

 それでは煩悩を捨てるにはどうすればいいのでしょうか。『ダンマパダ』第20章「道」のなかでブッダは「もろもろの道のうちでは〈八つの部分よりなる正しい道〉が最もすぐれている」と言います。これは正しい見解、正しい思い、正しい言葉、正しい行い、正しい生活、正しい努力、正しい注意、正しい精神統一という仏教の実践的手段である八正道(はっしょうどう)のことです。

 そしてブッダは続けて次のように言います。「これこそ道である。(真理を)見るはたらきを清めるためには、この他に道はない。汝らは実践せよ。・・・汝らがこの道を行くならば、苦しみをなくすことができるであろう」。仏教は単なる学問ではなく、知識と実践をともなう宗教です。知識だけではなく実践することの大切さをブッダは説いています。

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