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Home > 読むページ > きょうのことば > もしも愚者がみずから愚であると考えれば、すなわち賢者である。

きょうのことば

きょうのことば - [2011年03月]

もしも愚者がみずから愚であると考えれば、すなわち賢者である。

「もしも愚者がみずから愚であると考えれば、すなわち賢者である。」
『ダンマパダ』 (『ブッダの真理のことば・感興のことば』岩波文庫19頁)

 このことばは『ダンマパダ』第5章「愚かな人」のなかのことばです。「ダンマ」というパーリ語は、漢訳では法であり、真理という意味です。「パダ」は漢訳では句であり、ことばという意味です。つまり『ダンマパダ』は「真理のことば」という意味になります。このことばを含む全体は次のような文章です。

もしも愚者がみずから愚であると考えれば、すなわち賢者である。
愚者でありながら、しかもみずから賢者だと思う者こそ、「愚者」だと言われる。

 『ダンマパダ』のなかでの賢者とは、真理を喜ぶ者であり、非難・賞讃や楽・苦に動じない者であり、執著のない者であり、快楽を欲さない者であり、煩悩を滅した者です。標題のことばの「賢者」は、これら『ダンマパダ』で多く述べられる「賢者」とは少し異なっています。煩悩があっても、自分が愚者であると自覚していれば、その人は賢者だと言われています。真の賢者には煩悩はありません。煩悩のない人は覚った人ですから、その人はブッダと呼ばれます。この意味では、賢者とはブッダのことだとも言えるでしょう。つまり、賢者には二種類あることがわかります。ひとつは、煩悩を滅した覚者です。もうひとつは、自分が煩悩を持った者であることを自覚している者です。

 愚者とは、真理(ダルマ)を知らない無知な者であり、悪い行ないをなす者であり、欲望と高慢さを持つ者です。世のなかの人間は煩悩を持った愚者です。しかし、その愚者もまた二種類に分けられます。ひとつは、自分が煩悩を持った者であるという自覚がなく、覚りを目指さず、まさに愚者と呼ばれる人です。もうひとつは、自分が煩悩を持った者であることを自覚し、覚りを目指し、愚者でありながら賢者と呼ばれる人です。

 標題の賢者は煩悩の自覚のある人のことです。人間として生まれてくる人はすべて愚者です。しかも、自らの愚かさを自覚することのできる人はほとんどいないでしょう。
ブッダのこのことばは、そのような愚者を賢者とするような自覚を与えてくれます。

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