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Home > 読むページ > きょうのことば > 我必ず聖に非ず。彼必ず愚かに非ず。共に是れ凡夫ならくのみ。

きょうのことば

きょうのことば - [2009年08月]

我必ず聖に非ず。彼必ず愚かに非ず。共に是れ凡夫ならくのみ。

「我必ず聖に非ず。彼必ず愚かに非ず。共に是れ凡夫ならくのみ。」
聖徳太子『十七条憲法』 (『真宗聖典』965頁)

 大学生活の中で、友だちと真剣に話し合ったことはあるでしょうか。社会人ともなれば、「会議」の場で、真剣な話し合いを日常的に経験することでしょう。どのような話し合いの場においても、お互いに課題を共有するとともに、よりよい結論に導くために、努力が払われることと思われます。けれどもたくさんの人がいれば、それだけ多様な考え方があり、簡単には一つの結論が出ないことはよくあることです。時には意見が合わず、平行線を辿(たど)ったままであったり、また、激しく対立し合うことさえあるでしょう。

 標記の言葉は、聖徳太子(574-622)が制定したとされる『十七条憲法』の第十条にある言葉です。ここには、意見が対立したときに持つべき、対話の心構えが示されています。

私が聖者であるわけではない。彼が愚かであるわけではない。お互いに凡夫でしかないのである。
 凡夫とは一体どのような人のことを言うのでしょうか。太子は「人皆心有り。心おのおの執(と)れること有り(人にはみな心がある。その心にはおのおのこだわるところがある)」とも言います。つまり、誰もがこだわりの心(執着心)を持っているのであり、その点においてみな等しく凡夫であると太子は述べているのです。

 私たちは執着心を持つがゆえに、自分の思い通りにならないことや気に入らないことに対しては怒り、偏ったものの見方をしてしまう可能性を持った存在であると言えるでしょう。太子がここで「お互いに凡夫でしかない」と言うのは、話し合いの場において、そのような自分自身を自覚することが大切であるということを教えようとしているのです。

 例えば、自分の意見は自分の中で正しいと思いこんでいるだけのものかもしれません。また意見が対立する中で、怒りの感情に支配されて正常な判断ができないということもあります。またもしかしたら、自分の立場や判断を正当化するために持論を展開しているのかもしれません。もしそうならば、いくら話し合いをしたとしても相手の意見を誠実に聞き留めることはできないでしょう。

 話し合いをするときには、まず自分をよくよく省みる。お互いにその姿勢を持つことで、本当に実りある話し合いの場が成り立つのではないでしょうか。これがこの言葉から教えられることです。自分と相手を理解するところから真の対話が生まれるのでしょう。

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