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Home > 読むページ > きょうのことば > 独立者は常に生死巌頭に立在すべきなり。

きょうのことば

きょうのことば - [2009年06月]

独立者は常に生死巌頭に立在すべきなり。

「独立者は常に生死巌頭に立在すべきなり。」
清沢満之『臘扇記第二号』 (『清沢満之全集』第8巻425頁)

 パソコンや携帯電話など、さまざまな情報機器を通して、私たちは世界中の人たちや見知らぬ人とも簡単に繫がることができるようになりました。しかし一方でメールの返事がないと不安になったり、匿名の他者による書き込みで傷つくなどのさまざまな問題も起きています。繫がりやすくなればなるほど、孤立することが怖くなるというのは不思議なことです。

 孤立と独立とはちがいます。「孤立」とは、ただひとりで助けのないことです。「独立」とは、他に依存したり束縛・支配されないことです。独立した自分があって、はじめて他者に依存することなく本当に関わり合うことができるのではないでしょうか。

 明治時代、「独立」をテーマとした二人の思想家がいました。一人は福沢諭吉であり、もう一人は大谷大学の初代学長・清沢満之です。福沢は、学問によって個人が経済的にも政治的にも精神的にも独立自尊であることを目標としました。しかし清沢が求めた独立は、それとはまったく異なり、他人や外の物や自分の思いに縛られない生き方でした。

 上に掲げたことばは「独立しようとする人は、いつでも生と死との切っ先に立って在るのがよいだろう」という意味です。清沢は、生と死といういのちの事実をしっかりと見つめることによって、他人や外の物ばかりでなく、自己の思いにも振り回されることのない本当の自己に向かいあうことができるといいます。

 このことばは、清沢の三六歳から三七歳までの『臘扇記』(ろうせんき)と名づけられた日記のなかに出てきます。「臘扇」とは一二月(臘月)(ろうげつ)の扇を意味し、「必要のないもの」をたとえています。そのころの清沢は、家庭的にもさまざまな問題が山積し、また当時は感染力が強く大変に恐れられた結核を患い、他人の中傷や排除のただ中で孤立していました。しかし清沢は、そのことを縁として本当の独立とは何かを求めました。そして本当の独立のためには自己の信念の確立こそが大切だと改めて気づいたのです。このことばも、その思索のひとつとして記されています。

 私たちは、他人に依存し、その評価に振り回されがちです。一人ひとりが独立した自己であって、はじめて、他人に支配されたり、また他人を支配することなく、ともに繫がりあうことができる、このような清沢の思索に心を寄せてもよいのではないかと思います。

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