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Home > 読むページ > きょうのことば > 譬えば高原の陸地には蓮華を生ぜず。卑湿の淤泥にすなわち此の華を生ずるが如し。

きょうのことば

きょうのことば - [1999年03月]

譬えば高原の陸地には蓮華を生ぜず。卑湿の淤泥にすなわち此の華を生ずるが如し。

「譬えば高原の陸地には蓮華を生ぜず。卑湿の淤泥にすなわち此の華を生ずるが如し。」
『維摩経(ゆいまきょう)』「仏道品(ぶつどうほん)」『大正大蔵経』第14巻549頁

 インドでは蓮華は古来この世でもっとも美しい花として珍重されてきました。仏典にも美しい花と香りによって浄土を荘厳する青蓮華や黄蓮華、紅蓮華、白蓮華など色とりどりの蓮華が登場します。
 蓮華はまた菩薩のシンボルと見なされています。凛(りん)とした美しさを誇る蓮の花は汚れた泥水の中から生じ、しかもその汚れに染まることがありません。そのような蓮華の特質がインドの人々を魅了したのでしょう。煩悩が渦まく汚れた世間のまっただ中にあって人々の利益のために活動し、しかも世間の汚れに染まらない大乗の菩薩の願いや生き方が、蓮華のイメージに重ねあわせて考えられたのです。
  私たちは菩薩といえば、どこか煩悩のない高い境地にあって、世間から離れて悟りすましているようなイメージを思いうかべがちです。しかるに『維摩経』はそのような人物を小乗であるとして斥(しりぞ)けます。それとは逆に、煩いや悩み苦しみが尽きず、矛盾に満ちみちた私たちの生活のなかにこそ、仏教の深い願いに触れ、仏教の真理に目覚めていく道があるのだと説かれます。自分自身の煩悩を見つめる目が深ければ深いほど、他者の悩み苦しみに共感する心が動きだすのであり、すなわち、自分の悟りを求め(自利)、他者の救いを願う(利他)ような心が生じてくるというのです。煩悩の中においてこそ仏道への目覚めが実現されていくと説く『維摩経』のことばは、世間という泥沼を生きる私たちに、勇気と希望を与えてくれる力強い教えではないでしょうか。
 『維摩経』を訳した鳩摩羅什(くまらじゅう)(350-409頃)は、仏典翻訳の事業 を通して中国の仏教、ひいては日本の仏教にはかり知れない影響をあたえた偉大な仏教者でした。その波瀾万丈な人生の途上にあって、彼は権力者のきまぐれによって、僧侶の生命であった戒律を破ることになってしまいます。破戒僧としての恥辱と自責の念は生涯彼につきまといました。しかし、この挫折によって彼は大乗の教えにますます深く耳をかたむけ、宗教的な思索を重ねていったことと思われます。後に長安で仏典翻訳に専念していた鳩摩羅什は、講説するたびごとに、自ら「譬えば臭い泥のなかに蓮の花が生じるようなものです。ただ、蓮の花だけをとって、臭い泥をとらないように」と説いたと伝記は伝えています。

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