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Home > 読むページ > きょうのことば > われは、仏陀に仕え、その教えを実践した。重荷をおろし、迷いの生存に導くものを根こそぎにした。

きょうのことば

きょうのことば - [1997年07月]

われは、仏陀に仕え、その教えを実践した。重荷をおろし、迷いの生存に導くものを根こそぎにした。

「われは、仏陀に仕え、その教えを実践した。重荷をおろし、迷いの生存に導くものを根こそぎにした。」
『テーラガーター』六八七偈『仏弟子の告白』(岩波文庫)146頁

 釈尊の誕生は、インドの人々が、死後は永遠に楽園で過ごせるものとするそれまでの楽天的な死後観を信じ続けることができなくなりつつあった、その転換期にあたっています。紀元前六、七世紀頃のバラモン教の哲学書ウパニシャッドには、永遠に続くと思われていた死後の楽園においてもう一度死を迎えねばならぬこと(再死)への恐怖が語られはじめられます。このようにして古代インドの人々は次第に、人生を永遠に生死を繰り返す輪廻の内にあるものと考え、その全体を苦として受け止めるようになったと言われます。
 表題の偈は、釈尊の下で最初に悟りを開いたアージュニャータ・カーウンディニヤが、初めて開悟した折の心境を述べたものです。彼は、生死を超越した者、死の恐怖を超越した者と称賛されていますが、死の恐怖を克服した折の心境を、次のようにもうたっています。

われは、死を喜ばず。われは生を喜ばず。あたかも傭われた人が賃金をもらうのを待つように、われは死の時が来るのを待つ。(六八五偈)
 ここにはアージュニャータ・カーウンディニヤの生死を超越した状態が、死を喜ばず、生を喜ばないこととして述べられています。したがって「生死を超越する」ということは、生と死に対する「執着」や「とらわれ」を克服することを意味するのでしょう。では、アージュニャータ・カーウンディニヤが「執着」や「とらわれ」を克服するために実践した釈尊の教えとはいかなるものであったのでしょうか。その教えはサーリプッタの求道の物語に明瞭に示されています。
 サーリプッタも釈尊の教えに出会うまで、「不死」の教えを求めて修行する沙門でした。彼に本当の意味で不死を獲得させたのは、釈尊の最初の弟子である五比丘の一人が彼に教えた「縁起の道理」であったと言われます。しかし、なぜ「縁起の道理」が「不死」を獲得せしめたのでしょうか。
縁起の道理は「あらゆるものごとは、さまざまな条件が関連しあうことによって、今ここにたまたまそのようなものとして存在しているに過ぎない」ということを教えます。ものごとは何であれ、生ずべき条件のあるあいだ存在し、そうでなくなれば消滅します。なにものも「不死」ではあり得ません。それはすべてのものに等しくゆきわたっている事実なのです。
 サーリプッタが最初求めていた「不死」への願いは、生への執着、死へのとらわれが生みだす妄想に過ぎませんでした。それが妄想に過ぎないことがわかったとき、彼は死の恐怖から解放されたのです。縁起の教えによって彼が獲得した真の不死とは、文字通り「死なないこと」ではなく、「死にとらわれないこと」を意味するのでしょう。

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