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Home > 読むページ > きょうのことば > 自身を深信する。

きょうのことば

きょうのことば - [1997年01月]

自身を深信する。

「自身を深信する。」
親 鸞『愚 禿 鈔(ぐとくしょう)』『真宗聖典』440頁

 フランスの作家サン=テグジュペリ(1900~1944)に『星の王子さま』という作品があります。子供むけの童話として書かれたこの小品は、80ヵ国以上の国々で翻訳・出版され、日本でも多くのファンをもちます。美しい詩的なイメ-ジに富み、人生のまじめな問いかけを含む魅力的な作品です。
 『星の王子さま』のなかに、サハラ砂漠に不時着したパイロットと王子のあいだで交わされる、次のような不思議な会話があります。夜、月の光を浴びて輝く砂漠の砂を見つめながら、王子はいいます、「砂漠が美しいのはなぜか。……それは砂漠のどこかに泉が隠されてあるからだ」と。これに対してパイロットは、「そうだよ、……砂漠の美しさは、その隠されてある、目に見えないもの 泉が作り出すのさ」とこたえ、そして、人生の大事なものは目に見えないのだ、と心の中でくりかえします。
 のどの渇きに苦しみながら砂漠を歩き続ける旅人にとって、休息と慰めをもたらし、勇気と希望を与えるものが泉です。「ひとは人生という砂漠のなかにあって、ただむやみと歩きまわるだけではいけない。かならず泉(自分のなかの、目に見えない大事なもの)に向かって歩みを進めること。それが人生の慰めとなり、励ましとなり、生きる力(自信)となる。」ここで著者はそう語っているように思えます。
 自信ということばは、日頃わたしたちが最も多く意識し、使用するものの一つでしょう。他者との比較のなかで自信の有無を問う習慣が身についており、他者のあり方によって、わたしたちの自信は揺れ動き、自己自身が定まりません。そのような安住できないわが身を抱えて、わたしたちは日々の生活をおくっています。条件つきの相対的な自信ではなく、他者との比較をこえた無条件の絶対的な自信を、わたしたちはどこに見出すことができるのでしょうか。
 親鸞は『愚禿鈔』において、「自身を深信する」(わが身を深く信ずる)と示しています。それは、自分自身が現に「罪悪生死[ざいあくしょうじ]の凡夫」であり、「曠劫[こうごう]よりこのかた常に没し常に流転[るてん]して、出離[しゅっり]の縁あることなし」と深く信ずることである、と述べられています。エゴの心にまとわりつかれ、迷いに埋没して生きるよりほかない愚かなわが身のありようを、深く信知することです。誰であれ、正直にわが身をふり返るとき、そのような自身のありように気づかされるでしょう。そして、その一見暗く否定的なわが身に対する自覚から、逆に、仏の願いに対する明るい自覚が自ずと生みだされてくる、というのです。
 『仏説無量寿経』というお経には、「すべての衆生を仏に成らしめることができなければ、自分は仏に成らない」という、衆生の一人ひとりにかけられた法蔵菩薩(阿弥陀仏)の願いが説かれています。「自身を深信する」とは、わが身が現に罪悪生死の凡夫でありながら、仏の願いをかけられた身であることを深く信知することです。そのような願いを立て、そして成就した法蔵菩薩を、曽我量深は「法蔵魂(だましい)」ということばで示しています。一人ひとりのなかに厳存する法蔵魂。これが“砂漠の中に隠されてある泉”(自分のなかの、目に見えない大事なもの)であり、人生の依りどころであり、本当の自信の源であるといえましょう。

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