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きょうのことば

きょうのことば - [2007年05月]

心浄ければ則ち仏土浄し

「心浄ければ則ち仏土浄し」
『維摩経(ゆいまきょう)』「仏国品(ぶっこくほん)」(『大正大蔵経』第14巻 p538)

 『維摩経』は中国や日本でもっとも人気があった経典のひとつです。この経典では、「空(くう)」「不二(ふに)」という大乗仏教の根本的な考え方や、「菩薩」という理想的な人間像が、主人公維摩の言葉を通して生き生きと説き明かされています。また、この経の始めに置かれる仏国品(「ブッダの国土」についての章)では、大乗仏教における「浄土」の考え方が詳しく説明されており、それが『維摩経』の全体を貫く中心的な課題であるとされます。

仏教では、人間にとって最も理想的な世界を「浄土」(浄らかな世界)という言葉で表現します。一方、煩悩のエゴの心にまみれた私たちのこの現実世界は、「穢(けが)れた世界」とみなされ「穢土(えど)」と呼ばれます。
「浄土」という言葉を聞くと、この現実世界とはるかに隔絶した天上の楽園のような、空想上の世界を想像するかもしれません。しかし『維摩経』に説かれる「浄土」は、決してこの現実世界から切り離された場所ではなく、「穢土」と密接にかかわりあう「不二」なる世界として描かれています。

それでは、この「浄土」はどのようにして実現されるのでしょうか。仏国品には、次のように説かれています。

もし菩薩が浄土を建立(こんりゅう)したいと欲するならば、まず自らの
心を浄らかにしなければならない。その心が浄らかであるときに仏土(仏
国土)も浄らかとなり、そこに「浄土」が実現される。
 『維摩経』によれば、「空」の智慧のはたらきによって、私たちは自己中心的な執(とら)われを離れることができると説かれます。上にいう「心が浄らか」であるとは、「空」の智慧によって、自己中心的な執われを離れた心のあり方をいうのです。また「仏土」(仏国土)とは、私たちのこの現実世界を指すと考えてよいでしょう。すなわち、「空」の智慧によって「心が浄らか」になったときに、この現実世界が「浄土」として顕現してくるが、逆に煩悩にまみれ「心が穢れる」ときには、それが「穢土」として現れてくる、ということを上の文は語っています。
つまり、「浄土」とは決してこの現実世界から遊離した空想上の世界のことではなく、「浄土」というも「穢土」というも、いわば見る者の心の鏡に映し出されたこの現実世界のありようにほかならない、とされます。
「心浄ければ則ち仏土浄し」とは、いま私たちが生きるこの現実の世界をどう見るか、ということを問いかける言葉でもあるのです。

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