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Home > 読むページ > きょうのことば > 自己を制していない人にとって、自己はまさに敵のように敵対する。

きょうのことば

きょうのことば - [2007年01月]

自己を制していない人にとって、自己はまさに敵のように敵対する。

「自己を制していない人にとって、自己はまさに敵のように敵対する。」
『バガヴァッド・ギーター』(岩波文庫 p.63)

 冒頭のことばは、ヒンドゥー教の聖典『バガヴァッド・ギーター』(神の歌)第6章第6詩節のことばです。次の文章はその全体です。

自ら自己を克服した人にとって、自己は自己の友である。
しかし自己を制していない人にとって、自己はまさに敵のように敵対する。
自分の友〔自分を自分らしくさせる者〕、それは誰でしょうか。自分の敵〔自分を見失わせる者〕、それは誰でしょうか。両方とも人間の内面に存在している自分のこころであると『バガヴァッド・ギーター』は言います。欲望と怒りを制御することによって、こころを自分の友とすることができます。しかし、こころが欲望と怒りに支配されると、その欲望と怒りは私たちに悪い行為を引き起こさせます。それによって私たちは苦しみを感じるようになります。こうして、自分のこころが自分の敵になるのです。

 『バガヴァッド・ギーター』は、瞑想〔ヨーガ〕によって、自分のこころを自分の友にできると言います。瞑想とは精神統一であり、外へ向かおうとする感覚器官をコントロールして内に向けることです。自らの内面を凝視するときに、自分のこころが、外界の対象を欲望や怒りの対象にしていることがわかります。しかし、その外界の対象自体に欲望や怒りが備わっているわけではありません。したがって、瞑想によって外から内へと意識の働く方向が転換するとき、欲望や怒りに執(とら)われる必要のないことを実感できます。瞑想の完成によって、調和の保たれた寂静なこころを持つことができます。そのとき、自分のこころは自らの友となり、苦しみからの解放へと向かうことができるようになります。

 社会生活を送っている人にとって、宗教的な修行、つまり本格的な瞑想〔ヨーガ〕をおこなうことは困難です。しかし、誰でも日常生活において、瞑想の簡単な実践と準備段階としての心構えの実践は可能です。呼吸を荒立てず、姿勢を正すだけでも、欲望と怒りはやわらぎ、眼前の出来事に一喜一憂しないという態度へとつながっていきます。こころを友とするために、自己を制する、つまり自分の内面を見つめることが大切であると『バガヴァッド・ギーター』は言うのです。

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