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Home > 読むページ > きょうのことば > 聞思して遅慮することなかれ。

きょうのことば

きょうのことば - [2004年11月]

聞思して遅慮することなかれ。

「聞思して遅慮することなかれ。」
親鸞『教行信証』総序(『真宗聖典』p.150)

 この言葉は親鸞が主著『教行信証』のはじめに記すものであり、「(人生のよりどころを明らかにする確かな言葉を)よく聞き考えて、ためらってはならない」という意味です。ここにいう「聞思」とは、聞き、そして考えるということであり、「遅慮」とは、不信の思いによってためらい、前に進めなくなる様子を表します。

 親鸞は弘長2年(1262)11月28日にその人生を閉じました。親鸞の90年の生涯の大きな転機は、29歳の時、法然という人との出遇いにありました。9歳で出家した親鸞は、人間が生きる確かなよりどころを仏教に尋ねていきました。しかし20年に及ぶ時間をかけて、どれほどの努力を尽くしても、親鸞は確かなよりどころを見出すことができなかったのです。そんな中で、やがて親鸞は法然と出遇い、人間が生きる確かなよりどころが阿弥陀仏の本願であると教えられました。親鸞はそれ以降、阿弥陀仏の本願を「真宗(真実のよりどころ)」として生き抜いていったのです。この親鸞の生涯を貫く姿勢を端的に表すのが、冒頭の「聞思」という言葉です。

 「聞思」とは、人生のよりどころを明らかにする確かな言葉を聞くことを通して自ら問いを持ち、自らが考えることの大切さを示すものです。どれほど大切な言葉を聞いたとしても、ただ聞くだけに終わってしまうならば、それは私が生きることにとって、それほど意味を持たないものとなってしまいます。聞いたことを自分に引き当ててよく吟味し、自らの問題として考えることによって、はじめて一つの言葉が私にとってかけがえのない言葉となり、生きる原動力となっていくのです。

 私たちの周りには多くの情報や言葉があふれています。しかしそれに振り回されて、本当に確かなものが何かわからなくなってしまうこともしばしばです。そんな中で誰もがとまどい、生きる方向を見失い身動きが取れなくなっていってしまう、そのことを親鸞は「遅慮」という言葉で表現しているのです。だからこそ、自らが生きるよりどころを明らかにする確かな言葉を聞思することが大切なのです。

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