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きょうのことば

きょうのことば - [2001年05月]

智目行足をもって清涼池に到る。

「智目行足をもって清涼池に到る。」
智顗(ちぎ)『法華玄義』(ほっけげんぎ)

 隋の時代に天台宗を大成した智顗(538-597)は、中国で生まれた最大の仏教者の一人です。彼の伝記は道宣(どうせん)(596-667)によって著わされた『続高僧伝』の習禅篇(しゅうぜんへん)に収められています。この伝記によると、智顗は若くして南岳慧思(515-577)の弟子となり、その指導のもとで法華三昧という禅の修行をして、ついに悟りを開きました。その禅についての深い理解は、晩年にまとめた『摩訶止観』(まかしかん)に詳しく説かれています。しかし智顗は、単に卓越した実践家というだけではなく、仏教思想を深く研究した学僧でもありました。彼は『法華経』や『維摩経』(ゆいまきょう)などの注釈書やその他の多くの書物を残しています。このように智顗は、学問も修行も共に大切にした人でした。
 智目行足をもって清涼池に到るという言葉は、智顗の学問と実践にたいする基本姿勢を現したものです。つまり智恵の目(智目)とそれにもとずいた実践(行足)があってはじめて、清涼な池に象徴される悟りに至ることができるとされているのです。
 たとえば灼熱の砂漠の中を、オアシスを目指して旅している人がいるとしましょう。当然のことながら 、砂漠の中を漠然と歩き回るだけでは、オアシスに たどり着くことはできません。無事に到着するためには、まず最初にその位置を見定め、そのうえで一歩々そこに向かって歩いていかなければなりません。智顗によると仏道の修行に関しても同じことがいえます。清涼な悟りの境地に到達するためには、まず仏の教えを学び、智慧の眼をもって悟りに至る道を見極めなけれはなりません。そして実際にその道を着実に歩んでゆく実践がなければなりません。
 智顗の時代には、経典に学ぶ必要を認めずただひたすら座禅を行う人々や、仏教の学問のみに没頭して修行には無関心な人々がいました。智顗は前者を「暗証の禅師」と名づけ、後者を「誦文(じゅもん)の法師」と呼び、両者とも厳しく批判しました。智顗にとって、仏教の学問的研究と禅の修行は、あたかも鳥の両翼、車の両輪のようなものであり、両方とも悟りに達するためには不可欠なものであったのです。

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