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きょうのことば

きょうのことば - [2000年09月]

真理は一つであって、第二のものは存在しない。その真理を知った人は、争うことがない。

「真理は一つであって、第二のものは存在しない。その真理を知った人は、争うことがない。」
『スッタニパータ』『ブッダのことば』(岩波文庫)194頁

 この言葉は、真理に目覚めて仏陀になられた釈尊の言葉であります。変わることのない、いつ、どこの、だれのところにも例外なく通ずるという性質を持つものが真理であります。そのような真理に目覚めることによって釈尊は、どのようなものとも争うことのない広やかな世界を生きるものとなられたのであります。そのことを『仏説無量寿経』では「いのちを生きるすべてのものを自分であると見ておられる」と語られています。
  私たちも、この世に在って人として生きるかぎり、どんな人とも争うことのない広やかな世界を生きるものになって、自分の生きることを確かなものにしたいと願っています。
 ところが私たち人類の歴史は、悲しいことに争いの歴史でもありました。どうしてでしょうか。それは自分の生きることを確かなものとするために、自分のところにだけ在るものを真理だとして生きてきたからであります。つまり、自分の国とか、自分の民族とか、自分の宗教とかを絶対化することによって生きてきたからです。しかし、それらは時とともに変化する相対的なものでしかありません。そのように相対的なものを、あたかも真理であるとして絶対化して生きることは、必ず異質なもの、反対するものを排除することによってしか成り立ちません。ですから、この世に争いは絶えず、そのことによって私たちの生きることも不安定なものになってしまっているのです。
 とくに近代以降、私たち人間は、自分たちのところにだけ何が真理であるかを知ることのできる力があるかのように思い、その力を使ってひたすら自分たちに都合の善い快適で便利で豊かな生活を実現しようとしてきました。それは自分たちに都合の悪いものを排除することによって成り立つ生き方でもありました。多くの動物や植物が姿を消していったのは、そのためです。そして、同時に私たち人間も生存の危機を迎えることになったのです。そういう意味で、現代ほどこのような私たち人間のありようが問われている時代はないと言えるでしょう。
 だからこそ釈尊は、変わることのない、いつ、どこの、だれのところにも例外なく通ずる真理を見出すことが大事であると教えているのです。

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