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きょうのことば

きょうのことば - [2000年03月]

比丘たちよ、今こそおまえたちに告げよう。諸行は滅びゆく。怠ることなく努めよ。

「比丘たちよ、今こそおまえたちに告げよう。諸行は滅びゆく。怠ることなく努めよ。」
『マハーパリニッバーナ経』『南伝大蔵経』第7巻144頁

 これは釈尊の入滅に際しての最後の言葉であると伝えられています。『マハーパリニッバーナ経』は、釈尊の最晩年に、ラージャガハ(王舎城)から入滅の地クシナーラまでの最後の旅の様子を伝える経典であり、釈尊の老いて死を迎える心境が随所に吐露されています。釈尊の最後の旅は自らの故郷カピラヴァットゥをめざしたと言われているので、旅半ばにして入滅したことになります。
 死は私たちそれぞれに避けることのできない、最も重い現実として向かってきます。そのため、私たちは死という事態を自分なりに意味づけをして受け止めざるを得ません。自ら迎えなければならない死を見つめることで、それまでの自分の生や死後に思いを向け、生きることの意味を考えるのです。同じことが、非常に近しい人の死に直面したときにも起ってきます。そして、その近しい人が自分にとってかけがえのない人であったとき、その死は自らの死以上に深い悲しみや動揺を引き起こします。
 旅の途中で釈尊は重い病にかかり、死を予感します。しかし、釈尊の侍者アーナンダをはじめとする弟子や信者たちにとって、釈尊が入滅するということはまったく予想しなかった事態でした。差し迫った現実としてそのことに直面しなければならなかった弟子や信者たちの動揺は大きかったでありましょう。その時、釈尊は入滅を前にして、アーナンダたちに次のように語っています。

「アーナンダよ、おまえたちは次のように思うかもしれない。“教えを説かれた師は去ってしまわれた。われわれの師はおられない”と。しかしそれをそのように見なしてはいけない 。アーナンダよ、私が説いた教え、制定した戒律、それらが私の死後、おまえたちの師である。」
そのように弟子たちの動揺を静めた後、さらに釈尊は
「アーナンダよ、悲しむな、嘆くな。私は、前もって言ったではないか。“すべての愛しいもの、好ましいものと分れ、離れ、別になる”と。生じたもの、因縁によって作られたもの、破壊されるべきものが破壊されないような道理があり得ようか。」
と語り、そして、自らの最後の言葉として弟子たち全員に「比丘たちよ、今こそおまえたちに告げよう。諸行は滅びゆく。怠ることなく努めよ。」と言い残したのです。
 「諸行」とは、因縁によって作られたすべてのもの、すなわちすべての現象や存在のことです。そして、それらは必ず滅びゆく、無常なものです。このことは釈尊の身心も例外ではありません。釈尊の教えはこの「諸行は滅びゆく」ということの上に展開しています。したがって、釈尊は、自らの死を題材として教えの根本を示しながら、すべての弟子たちに「たゆまぬ精進」を促しているのです。師から弟子たちへの最後のメッセージにふさわしいものとなっています。

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