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今という時間

今という時間 - [256]

「過疎の村から 2.トンネル」
加治 洋一(かじ よういち)

 昔わが村に入るには、峠越えの急峻な山道を辿るか川沿いの隘路を蜿蜒と遡るかのいずれかしかなかった。どん詰まりの山間の村である。いつの頃か、峠の下にトンネルが掘られた。が、これがまたすさまじい代物だった。岩肌が露出し、しみ出す水で苔むしている上に、真ん中で屈曲していて見通しがきかない。夜間ライトが消えると真の暗闇となる。陰陰滅滅、幽鬼漂うものがあった。かつて村に嫁入りしてきた旧乙女の婆たちは、このトンネルをとおる時に、「いよいよ地の涯に来てしまった」と涙したそうである。 
 そのトンネルが近代化することになった。何処も同じ、地元選出議員が絡み、ご多分に洩れず、土地の買収や何や工事に伴う様ざまな利権に村人は狂奔。喧喧諤諤、村の発展のためなどと建前論の応酬しきり。「今更発展も何もあったものか」と最後まで譲らなかった村人を寄ってたかって説得にかかったものだ。やがて土地を売った村人の家は相次ぎ改装され、墓も新しく建て替えられた。最後まで粘った御仁の家がとりわけ豪奢に改築されたのは村史の余録。  
 そして不思議な光景が出現した。車のすれ違いすらままならない路の果てに突然二車線歩道つきの立派なトンネルが現れる。何ともちぐはぐな山奥の風景。一日にどれほども車の通らないこんなものに巨額の血税が投入された。日本の公共事業の歪みが、辺境の地にこんないびつな形で現れる。
 その後、トンネルでは、時に熊やウサギの姿が目撃されてはいるが、交通量が増えたという噂はない。

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