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今という時間

今という時間 - [235]

「書き初め」
三木 彰円(みき あきまる)

 この時期になると、小さい頃、手を墨で真っ黒にしながら書き初めをしたことが思い出される。紙に筆で記した言葉は、今から考えるとたわいもない言葉だったように記憶するのだが、今年1年の抱負や目標をどんな言葉で表現して書くのか、子どもながらに一生懸命考えていたことが、われながらほほえましく思われる。
 そんなことが思い出されるのは、自分がどんな言葉を書いていたのか、懐かしく思うからではない。「書き初め」という行為を通して、自分の思いを表現できる言葉を選び取るということに向き合っていた点に、何か大切な意味があったのではないかと考えるからである。
  現代という時代は、好むと好まざるとにかかわらず膨大な量の言葉に身をさらして日々を過ごさなければならない。それは1日単位でも相当の量になるのだろうし、まして1年ということになれば、想像を絶するものがある。濁流のように迫ってくるそれらの言葉の前で、ただ漫然とその日その日を過ごすあまり、かえって言葉に翻弄され続け、ともすれば自分を見失っていくところに、私が生きる「今」の情況があるのではないだろうか。
  そうであるならば、改めて今私に必要なのは、自らの生き方を方向付け、支えていくような確かな言葉を主体的に選び取っていくことなのだろう。確かに未熟なものではあったかもしれないが、少なくとも子どもの時の私は、それに真剣に取り組んでいたのだから。

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