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Home > 読むページ > 今という時間 > ないひとあったの にたおわり

今という時間

今という時間 - [234]

「ないひとあったの にたおわり」
皇 紀夫(すめらぎ のりお)

 初めてこのセリフに接する人にはこれは意味不明だと思います。実は、これは我が家独自の判じ物で、謹厳な祖父を子どもがからかった言葉遊びの一種なのです。ですから、このセリフに教訓的な意味は全くありません。しかし、使い方次第で人間関係の中で少し気分転換がはかれるようです。
  ところで、これは何を語っているのでしょうか。漢字交じりに書き直すと、「無い」「人(他人)」「あった!」の「ニタ」「終り」となります。起の「無い」の前に例えばメガネを置くとこの語りの筋が見えると思います。メガネが無い、誰か(私の場合は妻です)使ったに違いないと問いただす、と、よく見ると普段とちょっと違う所に置き忘れていた、メガネはそこにあった。人の所為にしたバツの悪さを「ニタ」の照れ笑いで隠して一件落着というお粗末の次第。これは物忘れの場面を揶揄したもので(語りが「ニタおわり」で決まる所がからかいのみそですが)、どこの家庭でも見られる風景でしょう。
  実際には、いったん「ひと」と口走った後を照れ笑いで始末できるかどうか、なかなか筋書き通りにはいきません。私の経験によれば、「あった」の転瞬、「誰か触ったな」を自分に向けて、しかも声を出して相手に聞こえる様に、独り言風に唱えるのです。すると、「ひと」の所為にした自責の念が少し和らぎ「ひと」も自分も互いに「ニコッ」で穏やかに決着する場合が多いようです。
 現代の人間関係にとって、言葉遊びの効能も捨てたものではないと思います。

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