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今という時間

今という時間 - [202]

「「学び」の場」
三木 彰円(みき あきまる)

 最終学年を迎えた学生たちが卒業論文の作成に取り組む時期となった。授業で読み進めてきたテキスト、例えば『歎異抄』からテーマを決定し、教員とやりとりしながら論文を書き進める。その中で彼らは「いったい何をはっきりさせればいいのですか?」と決まり言葉のように問いかけてくる。
 テキストにある言葉の意味は辞書で調べれば確認できる。現代語訳を試みるならば参考にできる書物も多くある。しかしその記述に紙数を費やすことが自分の目指すものと直結しないと、おぼろげに気づく時、彼らはそう問わずにはいられないようである。
 仏教を学ぶことだけに限らず、“学ぶ”という営みは、何かを知ること抜きには成立しない。しかしそれが到達点なのではない。「私に、そして人間のあり方に対して何が問いかけられているのか?」“知る”という行為からそんな問いが生まれ、そこから何事かが明らかになる世界が、自分の前に広がってくる。その全体を指して“学ぶ”と言うのだろうし、学びの中に、いろいろな楽しさを感じていけるのではないだろうか。
 大学という場が果たすべき役割とは、そんな“学び”のあり方をわずかなりとも彼らに伝えることにある。卒業論文とは、大学に身を置くことの意味を、学生と教員である私との双方に再確認させてくれる絶好の機会なのである。

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