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今という時間

今という時間 - [167]

「漱石の異文化体験」
村瀬 順子(むらせ よりこ)

 夏目漱石は、東京帝国大学で英文学を専攻し中学・高校で英語教師を数年務めた後、1900年秋から二年間、英語研究のためイギリス留学を命ぜられた。西洋近代文明の頂点に立つロンドンの中で彼は激しいカルチャーショックとアイデンティティ・クライシス(自己喪失の危機)に苦しめられながら、日本人である自分が英文学を研究する意味は何かという根本問題に直面する。その結果、行き着いたところは「自己本位」という言葉であったと漱石は後に語っている。
 漱石の言う「自己本位」とは、西洋人の物まねではなく独立した一個の人間として自力でものごとを考える、という意味であり、文学とは何かという概念を自力で作り上げることによって漱石は自らの道を切り開いた。彼はロンドン留学について「尤も不愉快の二年なり」(『文学論』序)と述べているが、英語教師から近代日本を代表する作家へと変身を遂げる上で、二年間の留学が大きな転換点となったことは間違いない。イギリス作家との影響関係が論じられることも多いが、漱石は英文学についての該博な知識を自らの文学の中に見事に取り込んで独自の世界を作り上げている。
 異文化を知るということは、翻って自国の文化、そして何よりも自分自身と向き合うことである。そして、その苦難を乗り越えて初めて新しい自分を発見し構築することができるのだということを漱石の異文化体験は物語っている。

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