勉強熱心な学生ではなかったし、成績も良いとは言えなかった。大学の授業が終われば週6日はサッカー部の活動、さらに週に2日コンビニの深夜バイトに入って、ほとんど寝ずに大学へ行く。このスタイルが文岩の学生生活の大半を占めた。小学校2年生から始め、中学、高校、大学と続けてきたサッカー。授業の後でサッカーをするのは文岩にとっては当たり前のことだ。そこへバイトが加わり、一層ハードになったわけだが、それを若さと揺るがぬサッカー愛が支えてくれた。そんな4年間だった。
大谷大学サッカー部は、関西学生サッカーリーグ3部と、お世辞にも強いとは言えない、部員20人弱の小さな所帯だ。文岩は3年次の夏、このチームのキャプテンとなった。「チームには目標とルールが大切。自分の考えを紙にまとめて全員に配りました。それをみんなで話し合って、意見を言い合えるように」。キャプテンとしてみなぎる熱意。「熱過ぎて、逆にみんなに逃げられることもあるけど、徹底してやっていこうと」。とにかくアツイ男なのだ。
先生になるにはどうすればいいですか?2017
(1) 文岩 慶一郎さん
教師になるために、この大学に来た。忙しい学生生活の中で、そのことを思い出したのは、教員採用試験を受ける年になってから。「自分は何をやりたいのか考えたら、そもそも教師になるためにこの大学に来たんだったと。遅すぎるスタートですが、そこからは本気でやりました」
こうして本格的に勉強を始めたが、部活やバイトは継続。部活が終わり夜10時過ぎに帰宅すると、食事を済ませ、1〜2時間は机に向かう。さらに朝早く起きて時間を確保したり、空き時間に学校の図書館にこもったり。部活のため、グラウンドへ出発する夕方4時半までに、こまごまと勉強の時間を作った。「しんどくて集中できないときもありましたけど、教科書を開いて、教科書を見つめることだけはやりました」。いや、正直に言えば、それさえもできない日もあった。だが「とにかくやり続けよう」、その情熱だけを持ち続けた。
努力が実を結び、1度目の受験で、出身地の大阪府で教員採用試験に合格。1次試験の筆記、2次試験は面接、そして3次試験で筆記、論文、実技、水泳、面接、模擬授業と盛りだくさんの内容だった。「何か成果を感じるような手応えも無かったので、1次試験に受かったときに初めて、『あ!オレできてるんや』って思いました。でもそこからが大変で」
2次試験からは、その対策に教職支援センターの力を借りた。1次試験に合格した翌日から毎日通った。「最初、面接がめちゃくちゃ下手で。ちょっと分からない質問をされると目が泳いじゃう。そういうことを指摘していただいて助かりました。教職支援センターには校長先生を経験されている先生が何人もいらっしゃって、本番と同じ緊張感で練習できます。行くのが嫌になるくらい(笑)。逆に本番が簡単に思えて、緊張はほとんどありませんでした。センターの助けがなかったら100%落ちていたと思います」
例え教員採用試験の真っただ中であっても、サッカーはやめなかった。「1次試験、2次試験の前日は、いつも通り練習しました。さすがに3次試験の前は、対策を練るために休みましたけど」。教職を目指す後輩もいるし、みんな就職で悩んでいる。チームメイトの見本になれるようにとの思いは、キャプテンとしての責任感の表れだ。もちろん、文岩の合格を何より喜んでくれたのはチームメイトだった。
ポジションはセンターバック。1番後ろで、1番全員を見渡せる場所だ。これからは、小学校でクラスというチームの全員を見渡し、文岩ならではのアツイ誠意で、子どもたちに向き合う日々が始まる。
サッカー部のキャプテンマーク
このキャプテンマークを付けるとみんなの期待感と責任感で今でも気もちが引き締まる。





