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生活の中の仏教用語

生活の中の仏教用語 - [292]

勝利

「勝利」
一楽 真(教授 真宗学)

 スポーツ新聞の見出しなどで「大勝利」とか「勝利に湧く」という文字を見ることはあっても、それが仏教の中で使われてきた言葉であることはあまり知られていない。仏教語としては「勝(すぐ)れた利益(りやく)」を意味している。

 勝利の対義語は?と問われると、ほとんどの人が「敗北」と答えるのではなかろうか。しかし対義語はそれだけではない。目先の小さな利益にとらわれるなら「小利」であるし、自分だけが得をするなら「私利」であろう。また、他を犠牲にするようなものは「暴利」と言った方がよかろう。

 いつの頃からかは分からないが、勝利といえば勝負の文脈でのみ用いられるようになった。特に現代は、よろずのことに勝ち負けが取り沙汰される風潮にある。そんな中で、「利益」という言葉も、損か得かというものさしでしか使われなくなっている。そのために、利益の大小については考えられても、勝れた利益など何のことか分からなくなったのだ。

 他国に対し、他社に対し、他人に対し、いつも勝つか負けるかばかり。いい意味でのライバルであれば高め合うことにもつながるであろうが、敵と見なして争うあいだは自分自身も落ち着くことがない。また、本来勝ち負けの対象ではない病気に対しても勝ったとか負けたという言われ方がされることもある。最近では、老いと戦うことを奨励するアンチエイジングなどという言葉まで出てきた。

 はたして病気になったことは敗北なのか。歳をとって、若いころできたことができなくなるのはダメなことなのか。他人と比較したり、若いころの自分と比べる限り、本当の満足はないであろう。比べる必要のない世界との出会いによって心の底から満足できること。それを仏教は「勝利」と教えてきたのである。

 勝利が戦いに勝つことだけを意味するようになったのは、何が本当の利益かを見失った結果と言えよう。人間の都合だけが優先されたり、いのちまでもが損得のものさしで計られたりする今日、本当の利益とは何なのか。改めて問う必要がある。

(『文藝春秋』2011年2月号)

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