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生活の中の仏教用語

生活の中の仏教用語 - [230]

本願

「本願」
中川皓三郎(なかがわ こうざぶろう)(真宗学 教授)

 この文章が印刷される頃には、その結果が明らかになっていることだろうが、長年のファンとしては、今年こそ阪神タイガースに日本一の栄冠をというのが悲願である。
是非とも実現したい切なる願いを悲願と言うが、「悲願」も実は本来仏教用語である。何としてでも衆生を救いたいと願う仏・菩薩の慈しみの心=大慈悲心からおこされるもので、誓願ともいう。
すべての仏陀たちが、仏陀に成ろうとして修行する時、衆生を救済するために誓った誓願を「本願」という。本願は、サンスクリット語プールヴァ・プラニダーナの訳語で、意味は「本(もと)からの願い」ということである。だから、「釈迦の五百の大願、薬師の十二の上願」とあるように、すべての仏陀たちにそれぞれの本願がある。とくに阿弥陀仏という仏陀に成った法蔵菩薩の四十八願はよく知られている。
 そのことは、『無量寿経』に説かれている。「すべてのものを自分の国に迎え入れて、もれなく仏陀にならしめたい。もしそうでないなら、私は仏陀に成らない」と誓う。そして、その本願を実現して、法蔵菩薩は、自らを阿弥陀仏と名告るのである。
阿弥陀という言葉は、サンスクリット語アミタの音写であり、無量とか無限を意味する。それは、すべてのもののいのちが、あらゆる限定を超えて、共に在る、同じ一つのいのちであることを表している。
 私たちは、何よりも我が身一つがかわいいという、自分中心の心を、どのようにしても離れることができない。その結果、誰とも共に生きることができず、孤独で不安定な人生を生きることになってしまっている。その私たちを悲しんで、阿弥陀仏は、そのいのちの真実に目覚めさせようと、本願を建てたのである。私たちが、あらゆる限定を超えて、共に在る、同じ一つのいのちに目覚めることができた時、さまざまな違いを超えて、共に生きるという、人間を取り戻す歩みが始まるのである。

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