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Home > 読むページ > きょうのことば > 苦痛己を切むれども、心厭患せず。

きょうのことば

きょうのことば - [2009年07月]

苦痛己を切むれども、心厭患せず。

「苦痛己を切むれども、心厭患せず。」
『妙法蓮華経』「譬喩品」 (『大正大蔵経』第9巻12頁)

 『法華経』に次のような譬(たと)え話があります。
 あるとき、子どもがたくさんいる長者の邸宅が火事になってしまいました。長者は、家の中で遊んでいる子どもたちに「火事だから急いで逃げなさい」と声をかけます。ところが、子どもたちは目の前の遊びに夢中で、長者の言うことを聞こうとしません。そうこうしている間にも火は子どもたちに迫ります。炎はあちこちに燃え移り、熱風が子どもたちに襲いかかります。

 標記の言葉は、子どもたちの様子に嘆息(たんそく)する長者の言葉です。「子どもたちは、火の粉を浴びて苦痛が自分自身を苛(さいな)んでも、その苦痛を避けようとしたりわずらわしく思うこともない」。火事の何たるかを知らない子どもたちにとっては、そんな状況でさえスリリングな新しい遊びです。あるいは、命を落とすということがどういうことなのかすら分かっていないかも知れません。長者はどのようにして子どもたちを救い出すのがよいか、いろいろと考えをめぐらせます。最初は、力ずくで子どもたちを火事の家から連れ出そうかと考えます。しかし、それでは子どもたちは長者の手から逃れてまた火事の家に戻ろうとするかも知れません。さしのべられた救いの手も、子ども達には楽しい遊びを邪魔するものとしか映らないでしょう。

 火事の中で遊ぶ子どもたちは私たち衆生を、子どもを危機に陥(おとしい)れている火事の炎は私たちの煩悩(ぼんのう)を、それぞれ譬えています。煩悩の恐ろしさは、危険に身を晒(さら)している本人には極めて魅力的に見えるところにあります。私たちは、自分や周囲の人びとの利益になるようにと日々一所懸命に活動しています。しかし、その「利益」は本当に必要でしょうか。単に欲望を追い求めているだけではないでしょうか。それが自分の身を危うくするものだとは夢にも思っていないでしょう。単なる欲望追求が破滅への最短経路なのは、既に私たちが十分了解しているところです。

 自分のやっていることは正しいと信じているだけに、他のことに目がいかなくなって夢中になりやすく、誤りを指摘する声にも耳を貸さなくなりがちです。何も幼い子どもだけではありません。私たち自身もそのような状況に陥ってしまうことが少なくありません。自分が本当に大切なものを逃しつつあることに気付くのは難しいことですが、私たちもまたそのような過ちを犯しがちな存在なのです。

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