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Home > 読むページ > きょうのことば > 人が生まれたときには、実に口の中に斧が生じている。

きょうのことば

きょうのことば - [1998年07月]

人が生まれたときには、実に口の中に斧が生じている。

「人が生まれたときには、実に口の中に斧が生じている。」
『スッタニパータ』第657偈『ブッダのことば』(岩波文庫)146頁

 釈尊が祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)に滞在しておられたとき、修行僧コーカーリヤがやって来て、サーリプッタとモッガラーナに邪念のあることを告げます。釈尊はそれをたしなめ彼らを信愛しなければならないと諭(さと)されますが、コーカーリヤは「私は師を信じてお頼りしております。しかしサーリプッタとモッガラーナには邪念があります。彼らは悪い欲念にとらわれています」と言って譲りません。そのようなやりとりがくり返された末に、コーカーリヤは座より起(た)ち師を礼して立ち去ります。ところがそこから立ち去ってからまもなく、彼の全身に芥子粒ほどの腫物ができ、それが次第に大きく赤くはれあがり、その病苦のために死んでしまいます。彼はサーリプッタとモッガラーナに敵意をいだいたことがもとで、死後に紅蓮(ぐれん)地獄に生まれます。そこで釈尊は次のように言われました。

人が生まれたときには、実に口の中に斧が生じている。
愚者は悪口を語って、 その斧によって自分を断つのである。
 コーカーリヤの名は数多くの経典や律典に現われますが、その殆(ほとん)どの場合に上記の逸話が語られています。コーカーリヤがサーリプッタとモッガラーナを訴えたのは、二人が暴風雨にあい石室に女と宿るのを見て女犯の罪を犯したと考えたことによるものとされているようです。ところが興味深いことに、別の伝承では彼は釈尊に代わって教団をのっとろうとたくらんだと伝えられるデーバダッタの一味であるとされています。ある律典はそのたくらみが失敗に帰した後、彼はデーバダッタらと共に教団を去ったと伝えています。そうすると彼のいだいた敵意が政治的なものであったことが分かります。コーカーリヤは釈尊の後継者と目されるサーリプッタとモッガラーナを教団より追放し、デーバダッタらと共に教団の統率者になろうという野心をいだいたものと思われます。
 そういう野心をいだく彼にとって、雨夜の二人の行動はまさに彼らを弾劾する絶好の口実と映じたに違いありません。好機到来とばかりに彼は二人を非難したことでしょう。しかし、彼らに向けたはずの悪口という斧は、思わぬことにコーカーリヤ自身に向かって切りつけ、彼の命を断ってしまいます。あまつさえ死後には紅蓮地獄に生まれ延々と続く苦痛を味わねばなりませんでした。その苦痛はすべて彼自身の邪念や欲念から生じた結果です。邪念や欲念は正しい判断を奪い人を愚かにします。愚かな彼は愚かなことを語って自ら身を滅ぼしたのですが、この経典の恐ろしいところは、身を滅ぼすその斧が生まれながらにしてわれわれの口に生えていると述べていることです。

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