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きょうのことば

きょうのことば - [2007年03月]

一切の恐懼に、ために大安を作さん。

「一切の恐懼に、ために大安を作さん。」
『仏説無量寿経』(『真宗聖典』p.12)

 この言葉は、親鸞が「真実の教え」として最も大切にした経典である『仏説無量寿経』に出てくる阿弥陀仏の誓いの言葉です。仏(覚者)となる目覚めへの道を歩み出すとき、自分はどのような願いをもって仏になるのかということがはっきりしていることが大事です。大乗仏教の菩薩たちは、すべての<いのち>を救おうという志を抱き、それを必ず実現するという誓いの言葉を宣言します。阿弥陀仏も、その仏道の歩みの始まりにおいて次のような誓いを立てました。

 吾( われ)誓う、仏(ぶつ)を得( え)んに、普( あまね) くこの願(がん)を行(ぎょう)ぜん。一切(いっさい)の恐懼(くく)に、ために大安( だいあん)を作( な)さん。
(わたしは誓う。自分が仏になったときには、あまねくこの願いを実現して、すべ
ての恐れおののく者たちに、大いなる平安をもたらそう。)
 この願いは、経典の別の箇所では次のように表明されます。「普( あまね) くもろもろの貧苦( びんぐ) を済( すく) わずは、誓う、正覚( しょうがく) を成らじ」( すべての貧しい者たち、苦しんでいる者たちを救うことができないならば、自分ひとりだけ完全な目覚めを実現して仏になりはしないことを誓う)。このように、阿弥陀仏が何よりも心にかけているのは、「恐れおののく者」「貧しく苦しんでいる者」の平安・救済なのです。その願いの根本は、自分ひとりが悟りを開いて平安を得たいという欲求ではなく、すべての<いのち> 、中でも特に苦しみの多い者たちに安楽をもたらそうという大いなる志であることがわかります。

 このような阿弥陀仏の願いの背景には、いついかなる時代にも存在し続けてきた人間社会の悲惨な現実があります。自国の利害や自らの欲望のために、他国を攻め、他者を傷つけ、弱者を虐げる歴史が、現在も繰り返されています。「一切の恐懼に、ために大安を作さん」という阿弥陀仏の誓いは時代を超え、現代を生きるわたしたちにもずっと働きかけ続けているのです。

 世界各地で戦争やテロや災害が続き、多くの人々が暴力に怯(おび)え貧困に苦しんでいます。ところが私たちは自分の身に直接かかわることだけに気を取られ、それで精一杯になりがちです。遠いところで、顔も名前も知らない大勢の「他者」が苦しみに震え、平安を祈っている気持ちに共感することは容易ではありません。そのような私たちに対して、阿弥陀仏の誓いは大いなる慈悲の働きを示しているのです。それは、私たちが「他者」の苦しみを気遣うことの大切さを思い出す力となります。

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