きょうのことば - [2004年08月]
「青色青光 黄色黄光 赤色赤光 白色白光」
『仏説阿弥陀経』 (『真宗聖典』p.126)
( 著作権上の制約から、一部省略しています )
これらの言葉は、ちょうどイラク戦争が始まった年でもあり、閉塞感がどことなく漂う現代の社会にあって、一つの爽やかさをもって受け止められたように思います。それは、私たちの誰もが、心の深いところで願っているものが言い当てられたということでしょう。
冒頭にかかげた言葉は、阿弥陀仏の浄土に咲く蓮の花のありさまを語ったものです。この「青き色には青き光、黄なる色には黄なる光、赤き色には赤き光、白き色には白き光あり。」という言葉は、私たち一人ひとりが、すでに、それぞれの色を持ち、光り輝いていることを語っています。それは、私たちの本来の姿でもありますし、生きる喜びの姿であると言っていいでしょう。それは、また、どのような他とも対立することのないものの姿でもあります。
私たちは、他の人にはない、勝れたものを持つことが、光り輝いて生きることのできる条件だと考えています。だから、みな必死になって、他の人よりも勝れたものを手に入れようと苦労しています。しかし、どうでしょうか。私たちは、誰もみな、例外なしに、できることとできないことを持っています。そして、やがては年老いて、自分の力だけでは何もできないようになっていく相対有限な存在ではないでしょうか。他の人にはない、勝れたものと言ってみても、比較の問題に過ぎません。結局のところ、光り輝くことはできないことになってしまいます。
このような他の人と比較する心から解放されることがない限り、私たちは、本来の輝きを取り戻すことができません。そのためには、すべてのものは、もともとつながり合って、共に生きるものであることに目覚めることが、最も大切なことです。だから、この阿弥陀仏の浄土に咲く蓮の花のありさまを語った「青色青光 黄色黄光 赤色赤光 白色白光」という言葉は、お互いに傷つけ合うのではなく、助け合って生きることだけが、自分らしく光り輝いて生きることを実現する道なのだと教えているのです。