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Home > 読むページ > きょうのことば > 無明は転ずればすなわち変じて明となる。氷を融かして水となすがごとし。

きょうのことば

きょうのことば - [2001年12月]

無明は転ずればすなわち変じて明となる。氷を融かして水となすがごとし。

「無明は転ずればすなわち変じて明となる。氷を融かして水となすがごとし。」
智顗(ちぎ)『摩訶止観(まかしかん)』

 中国の隋の時代に天台宗を開いた智顗(538-597)は、優れた思想家であると共に卓越した禅の修行者でありました。若いとき師の南岳慧思のもとで深い宗教体験を得ましたが、それ以降も禅の修行を積んで、ついに天台山の華頂峰で悟りを開きました。後にその経験を踏まえて、禅の方法を体系的に説いたものが『摩訶止観』です。上に挙げた言葉は、『摩訶止観』に見られるものですが、そこには智顗の悟りの内容が端的に表現されています。
 釈尊は全てのものが移り変わり、永遠に存続するものはなに一つないと説いています。たとえば新品の服も、時間が経つにつれて色あせ、擦り切れ破れてゆきます。また今日は美しく咲いている花も、いつかは枯れてしまいます。同じように私たち自身も、一瞬一瞬変化し、徐々に老いて、ついには死にいたります。しかし私たち人間はこの事実から目を背け、常に自分自身や自分の所有物を変わりなく存続するものと考え、それらに固執(執著)しています。このような誤った見解を仏教では「無明」と教えています。自分の執著という深い霧の中にいて視界が遮られ、全ての存在の真の姿を見ることができない状態を無明と言うのです。
 智顗は生涯をかけて厳しい禅の修行を徹底することにより、全てのものは常に変化し、いつかはなくなる仮の存在であることを感得したのです。その体験により、一切の執著から解き放されて、物事をありのままに見る智慧を獲得しました。彼はこのことを、上の文にあるように、無明を転じて明(智慧)を得ると表現しています。ここでは無明が明に転じた状態を氷が融けて水になるという比喩をもって象徴的に述べられています。
 悟りを開くということは決して超人的な力を身につけ、スーパーマンに変身するのではありません。それは世界をありのままに見ることにより、自分をがんじがらめに縛りつけている執著が一瞬に融け去ることなのです。心を冷たく閉ざしてきた不安や我執が根底から破られ、自分中心の生き方から解放され、すべての人々の悲しみや喜びと真に共感できるような主体の回復を意味します。このような絶対的自由こそ、智顗の得た悟りへの道なのです。

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