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Home > 読むページ > きょうのことば > たとい我、仏を得んに、国に地獄・餓鬼・畜生あらば、正覚を取らじ。

きょうのことば

きょうのことば - [2001年01月]

たとい我、仏を得んに、国に地獄・餓鬼・畜生あらば、正覚を取らじ。

「たとい我、仏を得んに、国に地獄・餓鬼・畜生あらば、正覚を取らじ。」
『仏説無量寿経』

 この言葉は、すべての人が等しく救われていく道を阿弥陀仏の本願として説いた『仏説無量寿経』という経典に出ている言葉であります。
 ある国王が、世自在王仏という仏と出会います。その出会いを通して、ここに自分の求めていた真実の生き方があったという感動を得ます。自分もまたこのように生きたいと、国王の位を棄てて、自らを法蔵菩薩と名のり、一人の修行者になります。そして、この世において迷い苦しんでいる人びとを見て、自分一人が救われるだけではなく、すべての人が等しく救われる国、浄土を作りたいと願うのです。そのことを実現するために法蔵菩薩は、人間の迷いの現実をよく見て、四十八の願いを建てられました。
 すべての人が等しく救われる国、浄土を作ろうとして建てられた、法蔵菩薩の四十八の願いは、それゆえに、同時に私たちいのちを生きるすべてのものの内深くに在る願いを表現したものです。そのことを端的に教えているのが、一番はじめに願われることになった、この「たとえ私が仏に成りましても、この私の国に地獄・餓鬼・畜生とかがあるならば、私は覚ることをいたしません。」というものです。
 「地獄」とは、共に生きるものでありながら、共に在ることができず、いつも傷つけ合うような生き方をしているもののことです。また、「餓鬼」とは、いつも満たされず不平不満の中に生きているもののことです。そして、「畜生」とは、一人立ちできず、結局、力あるものに依存するような生き方をしているもののことです。したがって、法蔵菩薩の建てた四十八の願いの一番目の願いである、この「人と人とが傷つけ合うことなく、生きることに喜びを持ち、一人立ちして生きることのできる国を作りたい」という願いこそ、いのちを生きるすべてのものの願いであると言っていいものです。
 私たち人間は、自らの欲望を満足させることが生きることだと考えて生きてきました。そして、現代たしかに驚くような豊かさを手に入れることができるようになりました。ところが不思議なことに、欲望が満たされれば満たされるほど、生きていることの確かさと喜びを感ずることができなくなってきています。どうしてなのでしょうか。
 実は、そこに在る問題は、私たち人間が、いのちそのものの願いを忘れてしまっているということです。だから、この法蔵菩薩の「たとい我、仏を得んに、国に地獄・餓鬼・畜生あらば、正覚を取らじ。」と願う願いをよく聞いて、私たちもまた、自分自身の内深くに在るいのちそのものの願いを思い出し、その願いに生きるものにならなければなりません。

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