ここからサイトの主なメニューです
  • 大学概要
  • 教育情報の公表
  • 入試情報
  • 新着一覧
  • 文学部 (2018年以降入学者)
    • 真宗学科
    • 仏教学科
    • 哲学科
    • 歴史学科
    • 文学科
    • 国際文化学科【2021年度募集停止】
  • 社会学部
    • 現代社会学科
    • コミュニティデザイン学科
  • 教育学部
    • 教育学科
  • 国際学部 (2021年4月新設)
    • 国際文化学科
  • 文学部 (2017年以前入学者)
    • 真宗学科
    • 仏教学科
    • 哲学科
    • 社会学科
    • 歴史学科
    • 文学科
    • 国際文化学科
    • 人文情報学科
    • 教育・心理学科
  • 大学院文学研究科
    • 真宗学専攻
    • 仏教学専攻
    • 哲学専攻
    • 社会学専攻【2019年6月廃止/修士のみ】
    • 仏教文化専攻
    • 国際文化専攻
    • 教育・心理学専攻
  • 短期大学部
    • 仏教科【2019年6月廃止】
    • 幼児教育保育科【2019年度募集停止】
  • 教員一覧
  • 学習支援
  • 地域連携
  • 国際交流/語学学習
  • 就職情報/キャリア支援
  • 学生生活サポート
  • クラブ活動
  • 学術研究
  • 生涯学習講座
  • 高大連携
  • 教員免許状更新講習
  • 校友活動
  • 図書館
  • 博物館

Home > 読むページ > 人間・清沢満之シリーズ > 信ずるは力なり

人間・清沢満之シリーズ

人間・清沢満之シリーズ - [12]

信ずるは力なり

「信ずるは力なり」
村山 保史(准教授 哲学)

 「板子(いたご)<船底の板>一枚下は地獄と言いますが、昔からこの辺りは風の強いところで、それで寺も多いのでしょう」。土地の古老の言う通り、多くの船が係留された大浜港の近くには寺院が集まる寺町があり、その一角に西方寺もある。

 大浜に戻った清沢の病はいよいよ重く、命の灯火は消えようとしていたが、皮肉にも一年足らずのあいだに、大学病院で最新の治療を受けていた難病の長男が逝き、ついで清沢の献身的な介護のかいなく妻が、そして愛らしい盛りの三男までが彼を追い越し先立っていた。運命はどこまでも、飽くことなく彼を翻弄した。

 西方寺書院の二階には書斎として使われていた部屋がある。伊勢湾台風後に護岸工事が行われるまでは窓から海が見え、波音が聞こえていたという。「先生にとって人生は風のつよいところであった」と暁烏が振り返ったように、清沢は強い風のなかを生きた。海原を行く船は順風であれば勢いを得て進むが、嵐になればたちまち舵を失い、座礁し、転覆する。凪いだ海は優しいにしても、いつ牙を剥くともしれない。窓から見える海を清沢はどのような思いで見ていたのであろうか。

 1903年5月末に、絶筆となった「我信念(わがしんねん)」が書かれている。「信念の幸福は、私の現世に於ける最大幸福である。此は私が毎日毎夜に実験<実際に体験>しつつある所の幸福である」。この私が、どのような風が吹きつけようと、その上であれば安んじて生き、安んじて死ぬことのできる礎。「無能の私をして私たらしむる能力」——清沢は求めていた立脚地の上に立っていた。自己の信念を確立していたのである。「われは清沢満之にて足れり」。

 「我信念」執筆の数日後に激しい喀血があった。「先生今度はどうしても死し給うべし、云い残すことなきや」との問いに、「何にもない」とだけ答えた。それは嘘でも誇張でもなかったのであろう。信じるものを得て満たされていた清沢には、さらにつけ加えねばならない一言がなかったのである。

 よく信じた人であった。信じることを基にして全力を尽くした人であった。西方寺の門前には清沢の碑があり、そこには「信ずるは力なり」と書いてある。

(『文藝春秋』2014年4月号)

※今回をもちまして「人間・清沢満之シリーズ」は終了となります。ご愛読いただき、有難うございました。

Home > 読むページ > 人間・清沢満之シリーズ > 信ずるは力なり

PAGE TOPに戻る

ここからサイトの主なメニューです