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今という時間

今という時間 - [252]

「“悪漢小説”に寄せる心」
松村 尚子(まつむら なおこ)

 浅田次郎の『天切り松 闇がたり』が好評らしい。豪壮なお屋敷の屋根を抜き侵入する夜盗「天切り」松蔵が、夜更けの留置場で同房の衆に物語るは、「目細の安吉一家」の面々の胸のすくよな大活躍の数々。プロ中のプロ盗賊の威信にかけて、富と権力に奢れる輩を標的に、そのお宝をものの見事にかっ払う。絶妙の腕捌きと気っ風のよさを誇る怪盗たち。彼らは強きをくじき弱きを助ける義賊だが、市井の片隅の暮らしでは、親子・兄弟の、血よりも濃い盃を介して結ばれた「家族共同体」として、互いに義理と人情と信義とを命をはっても篤く貫く。 
 昨今、幼い子どもの虐待に誘拐、親兄弟や親族間の、はたまた何の関わりも無い他人相手の殺傷事件など、得体の知れぬ犯罪が後を絶たない。倒産・廃業・リストラ・失業の嵐も衰える兆しはない。自分や身内が、いつ何時当事者となるかも知れぬ不安なご時世。だが、家族も地域も職場も個人化の波。かつてのような頼れる共同体的関係は何処にも見出し難い。 
 今、勝ち組・負け組の格差は、経済面ばかりか将来の夢や希望にまで及ぶ。一方、政・官・業いずれの世界をみても、公約・反省・謝罪の言も何のその、上に立つ者が率先して臆面もなく不義不正に手を染め、己の利と功を貪る欲得づくの行為の連続である。
 「天切り松」が比類無きセリフまわしで語りつぐ、粋でいなせな怪盗一家の縦横無尽の活劇は、名も無き普通の庶民にとって、世情の憂さを束の間晴らしてくれる一服の清涼剤であるようだ。

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