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今という時間

今という時間 - [229]

「得難い機会」
三木 彰円(みき あきまる)

 ここ1年の間、親鸞直筆の『教行信証(坂東本)』に身近に接し、その全体を調査するという非常に得難い機会に恵まれた。
 これについては、それ以前にも博物館で展観された際、ガラス越しに見たこともあったし、原寸大の複製本を通 してその全容についても目にしてきていた。
 しかし、実物を目の前にした時に私が受けた印象は、それらの経験の中で持った思いを全て吹き飛ばしてしまうような衝撃を伴うものであった。今考えると、その印象は、実物の子細な状況に初めて触れたということに起因するものではないようである。『教行信証』を著した親鸞その人が、そこに確かに存在するという感覚であった。今にして思えば、それは親鸞の生きざまや願いそのものが訴えてきたものだったと思えるのである。
 確かに、一つの著作を著者と切り離して読むことも可能であろう。しかしどのような著作にもそれを著した人が存在するのであり、一つの著作を学ぶということは、何よりもそれを著した人と出会うということなのであろう。いかに緻密な読解があったとしても、それを著した人に思いを寄せることがないならば、学ぶという点ではやはり不十分さを免れないのではないか。そんなことを改めて思い直している。
 私にとって親鸞の直筆の著作に実際に触れることは、確かに得難い機会であった。しかしそれにも勝る得難いことと言わなければならないのは、親鸞の思想を学ぶ原点を自らに再確認できたことであったのだと思う。

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