今という時間 - [160]
「逃げる!」
谷口 奈青理(たにぐち なおり)
難しい問題や厳しい現実に直面すると、逃げ出したくなるのは人の常である。しかし多くの人はそこですぐには投げ出さない。「逃げちゃダメだ」と自分を奮い立たせ、踏みとどまり、何とかがんばろうとする。逃げることにはくやしさや後ろめたさがともなうのだろう。
しかし逃げることは本当に「逃げ」なのだろうか。逃げることだけが「逃げ」なのだろうか。
つらいことから逃げてばかりでは、何事も成すことはできない。それは確かである。だが、逃げなければならないときは逃げなければならない。
逃げることは簡単ではないし、必ずしも安楽を意味しない。まじめな人ほど、逃げると決めるのは苦しいことであろうし、逃げてしまった自分を許せないかもしれない。周囲に理解されず、責められる可能性もある。その上、逃げた後にどうするのかという新たな問題が生じるのである。これらを全部引き受けるくらいなら、逃げないほうがラクということもあるだろう。
逃げないことにのみ価値を見出すならば、逃げなかったという一点だけが自分を守る砦となる。「逃げちゃダメだ」と自分を縛りつけることで、本当は別の何かから逃げているのではないだろうか。それは「逃げちゃダメだ」へ逃げているということになるだろう。
「逃げちゃダメだ」に逃げることも含めて、逃げなければならないときは逃げなければならない。逃げるのは本当に難しいことである。