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生活の中の仏教用語

生活の中の仏教用語 - [233]

極楽

「極楽」
中川 皓三郎(なかがわ こうざぶろう)(真宗学 教授)

 「極楽」という言葉は、阿弥陀仏の世界を表す言葉である。『阿弥陀経』によれば、西方に十万億の諸仏たちの国を過ぎて在るとされる世界である。そしてその世界の有様が、いろいろなすがた・かたちをもって説かれているのだが、「その国の衆生、もろもろの苦あることなし、但もろもろの楽を受く、かるがゆえに極楽と名づく」と語られているところから、私たち日本人は、思いが適えられる結構な世界と考えてきたようだ。だから、「極楽湯」という銭湯の名前さえあるぐらいである。
また、日本人の「あの世」観ともかさなって、死んでから生まれる安楽な世界とも考えられてきた。だから、平安時代の貴族たちは、さまざまな工夫を凝らして、死後に「極楽」に生まれることを願ってきたのである。
現代では、そのことが「天国」というような言葉で語られているようだが、これらの理解は、すべて人間の考えを基準にしてのことである。『阿弥陀経』には、阿弥陀仏は、「いま現にましまして法を説きたまう」とあるのだから、「極楽」と言っても、阿弥陀仏が説く教えを聞くことなしに存在する世界ではない。また、苦しみや幸せと言っても人間の都合に合せてのことではない。      
宮沢賢治の『農民芸術概論綱要』に「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」という言葉があるように、私たちが生きるいのちは、どんな人のいのちも、共に在る、同じ一つのいのちである。そのいのちに目覚めて生きる者になれと、阿弥陀仏は、お釈迦様の言葉を通して、私たちに呼びかけるのである。それは、人間の苦しみを、孤独と劣等感に見出してのことである。
 だから、その呼びかけを聞くことができたとき、そこに阿弥陀仏の世界が開かれ、私たちは、さまざまな困難に耐えて、共に生きている人を見捨てないで、また、自分を見捨てないで生きていこうと意欲して生きることができるのである。このような人生を私たちに実現しようとして、阿弥陀仏の世界が、「極楽」として明らかにされているのである。

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