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生活の中の仏教用語

生活の中の仏教用語 - [215]

三途の闇

「三途の闇」
神戸 和麿(かんべ かずまろ)(教授 真宗学)

 “三途の闇”ということがいわれる。三途とは、火途〔地獄道、地獄の火に焼かれるところ〕、刀途〔餓鬼道、刀杖で迫害されるところ〕、血途〔畜生道、互いに相い食むところ〕であり、闇とはその三途の世界における光明の見えない迷いのあり様をいう。一般的には「死後行くべき世界」と了解されるが、三途の闇、三悪道〔地獄道・餓鬼道・畜生道〕とは死後の彼方にある世界ではないだろう。私たちの生きている現実、生活のところにあるといえる。
  地獄道とは、傷つけ害し殺し合う世界であり、戦争こそまさに地獄である。餓鬼道とは貪欲、貪りの世界である。畜生道とは傍生ともいい、傍(かたわ)らの生、人間を中心として他の動物たちを傍らにするあり方をさし、人間同士が能力、資質の違いによって相手を傍らにしていく差別の世界である。
 私たちはそのような三途の闇、三悪道を離れた平和で平等な世界を願う。しかし、三悪道を越え出て、真実の国を建設したいと本来願わずにおれないものを持っているにもかかわらず、人類は三悪道の中に喘ぎ、そこを越え出ることができない。
 仏陀世尊は『大無量寿経』に四十八の本願を説く。第一の願は「設我得佛、國有地獄餓鬼畜生者、不取正覺。(もし私が仏になるなら、国に地獄・餓鬼・畜生の三悪道があるかぎり、正覚(さとり)を取らない)」と説示する。現実〔穢土〕を悲痛するところから仏の本願は説かれている。仏の本願〔悲願〕は、私たち人間の願いに添(そ)いながら、人間本来の願いを明らかにしてくる。
 私たちの世界は、三途の世界を越え出て、平和、平等を願いながら、なぜ相も変らずの戦争、殺し合い、また差別 、排除が続くのだろうか。
 そこには近代の人間観の特質、〈自らが自らを意識する〉という自らの中に、まだ秘密が残っているといえる。つまり、エゴという秘密である。自分を立て、それ以外のものを他とする自我の意識である。その他は、自らのエゴ〔都合のよさ〕により、いつでも他は敵となり、排除するもの、殺してもよいものとなっていく。
 ある伝道掲示板に「平等を願うが、平等を嫌う私がいる」とあった。そのことが私には印象的に残る。

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