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生活の中の仏教用語

生活の中の仏教用語 - [202]

道楽

「道楽」
木村 宣彰(きむら せんしょう)(仏教学 教授)

 一般に道楽といえば、本職を忘れて酒色や博打などの遊興にふけり放蕩することを意味する。真面目に職業に励む者と道楽とは水火の関係にある。このように悪い意味にとられる道楽という語がどのように仏教と関わるのであろうか。
 明治四十四年二月に博士号を辞退して話題をさらった夏目漱石は、その年八月に海水浴で賑わう明石で「道楽と職業」と題して講演を行った。人のため、社会のためにするのが職業で、「お酒を飲んだり、又は花柳社会に入ったりする、俗に道楽息子と云ひますね、あゝいふ息子のする仕業、それを形容して道楽といふ」と言葉の意味を述べ、要は自己本位の生き方の最たるものが道楽であると語り、続けて漱石は、善い意味の道楽というものがあるかどうか知らぬと断りながら、修行に励む禅僧の生き方をもっとも極端な道楽生活となす。悟りのために凡てをなげうって「黙然と坐している事が何で人の為になりませう。善い意味にも悪い意味にも世間とは没交渉である点から見て彼等禅僧は立派な道楽ものであります」と演説した。修行に励む禅僧を立派な道楽ものと断じた漱石は流石である。
 道楽という語は、もとは仏道を求めるという意味である。仏教では「ドウギョウ」と読む。楽は願と同義で、仏道を楽(ねが)うのが道楽の原意である。この「道楽(どうぎょう)」の意味が転じて、例えば『法華経』に「道を以て楽を受く」と説くように、道を修めて得られる「楽しみ」「悦び」を表すようになる。仏典に「今、已に道楽を得る」と説いているように、もと仏の道を求めることを意味した道楽が、道を修めて得られる結果の法悦を表すようになる。
 道楽が世俗の快楽と異なることは言うまでもない。両者を混同しないように「楽に二種あり。俗楽と道楽となり」と仏典は説く。刹那の俗楽に耽ることなく、迷妄を脱して確かな道楽を求めなくてはならない。ところが、仏道を求める「道楽(どうぎょう)」の心も、また道を修めて「道楽(どうらく)」を得る力もない我ら凡夫は、ただ卑近な俗楽をもって「道楽をする」より他ないのであろうか。

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