障がい者施設で実習を始めた行徳さんの初日は、大泣きで終わりました。利用者さんとコミュニケーションが取れず、孤独で切なくて、1か月という長い期間に、不安しかありませんでした。それでも職員さんに倣い、気持ちを切り替えるようになってからは、毎日がとても楽しくなったと言います。一日に何度も名前を聞いてきたり、しゃべりかけてくれる利用者さんが愛しくて、定まった将来の道に向けて、今後は資格試験の勉強に励みます。

05 1日に何回も、自己紹介を繰り返した

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中野:その不安から脱出するきっかけっていうのはあったんですか?最後は楽しかったって言ってたじゃない?
 
行徳:1人だけで実習する不安以外には、利用者さんとコミュニケーションどうしたらいいかなってことが不安でした。環境の不安とかは「ここで1カ月やらなあかん」って割り切ったけど、利用者さんとどう接したらいいのかは悩みました。自閉症の方もいて、会話のキャッチボールとかうまくできひんくて、そういう方とコミュニケーションをしたことなかったから、どうしたらええんやろってめっちゃ悩んで。2週間くらい悩んでました。
 
それで職員さんにめっちゃ相談して。「毎日関わるようになってたら分かるようになりますよ」って言って下さったので、自分も毎日関わろうと思ったんです。でもまた次の日には、悩んで。そういう日を繰り返しているうちに「1人の社会人として関わってもいいんじゃないかな」みたいに思いました。それまではずっと「実習だから、自分からしゃべりかけにいかなアカン」と思ってて、でも自分はうまくしゃべれへんとか思ってたけど、3週間目くらいから「考えすぎてたな」と思って。そう思ったら、そんな重く考えんでいいんかと感じました。利用者さんもしゃべりかけてくれるし、それに応えるのもコミュニケーションかなと思って。
 
で、ちょっと考えが軽くなって、そっから、利用者さんがしゃべりかけて下さったらそれに私も応えるし、自分からも話すようになりました。私も「職員さんみたいになりたいな」って思って、職員さんの接し方を見て「なるほど、こんなふうに言ってるんや」って気づいたら同じように接してみたり、自己紹介も毎日したり。とりあえず自分からしゃべりかけようってことは決めてて。
顔を合わせると利用者さんがしゃべりかけてくださるんですよ。でも何て言ってるのかわからなくて。それで「すみません、わかりません」って謝るのを繰り返してたんですけど、でも聞いてこられるパターンは同じなことが多くて。「名前何?」「どっから来たの?」「今何時?」っていうのを繰り返されるんです。親とかに何回も同じことを聞かれたらイライラすることもあるんですけど、利用者さんに聞かれると、なんか愛おしいなって。同じことを20回くらい聞いてきたり、今聞いたのにまたすぐ聞くっていう時もあったし、自分の名前を1日に20回くらい言ったこともあるんですけど、それもなんか楽しくて。
 
自分から話しかけに行くことがコミュニケーションやと思ってたんですけど、利用者さんの隣に座るだけでもコミュニケーションやし、自分から絶対話しかけに行かなアカンこともないんやなって思って。でも利用者さんの人数が多くて、名前を覚えるのがほんまに大変で。それもあって、最初の頃はいっぱいいっぱいで。
 
中野:最初の1週間の涙には、それも詰まってたのね。
 
行徳:はい(笑)。でも、利用者さんの顔写真と名前を書いた紙を施設の方が用意してくださって、それを毎日持ち歩いて、名前を覚えながら過ごしてたら、その紙なくても「この人は誰だれさん」ってわかるようになって。日に日に、しゃべったことない利用者さんがしゃべりかけてくれる機会も増えて、それがめっちゃ嬉しくて。実習生として来てるっていうのを理解されてるかわからないんだけど、利用者さんと話すのがうれしくて、めっちゃ楽しくなってきて。4週目は、時間が過ぎるのがめっちゃ早くて、終わりたくないなって思ってました。

PROFILEプロフィール

  • 中野 加奈子

    社会学部 コミュニティデザイン学科 准教授



    佛教大学大学院社会福祉学研究科博士後期課程単位取得退学。博士(社会福祉学・佛教大学)。医療法人社団敬誠会合志病院(医療ソーシャルワーカー)、佛教大学福祉教育開発センター(契約専門職員)、(財)ソーシャルサービス協会ワークセンター(非常勤訪問相談員)を経て、現在に至る。社会福祉士。
    私たちの社会に広がる貧困・格差問題の解決と、人間らしい暮らしの実現を目指すソーシャルワーク論を研究している。社会学などで取り組まれてきた生活史研究に学びながら、ソーシャルワークにおける生活史の活用を「生活史アプローチ」と位置づけ、理論的整理と具体的な実践方法の構築を目指している。また、深刻化する貧困問題の実態解明にも取り組んでいる。



  • 知り合いが誰もいない、自宅から遠い大学に通い始めた頃は不安だったものの、思い切って話しかけてみたことで助け合える友だちにも恵まれた。
    3年生からはゼミでの学びも始まり、また障害者施設での実習も経験した。中学生の時から思い続けた「高齢者の人と関わりたい」という将来の道が、より明確なものになってきた。今後は、資格試験の勉強に励む。