通学に時間がかかる大学を「面倒くさい」とも思わずに、毎日楽し気に通って来る青山君が社会学部に入学した決め手は、間口が広かったから。将来の夢が定まらないうちは、様々なことを学べる社会学部で知見を広げるつもりです。コロナ禍での授業に戸惑うこともありましたが、持ち前のおおらかさで友達と助け合って乗り切ってきました。研究は「できることではなく、好きなことから始める」とのアドバイスを受け、今後についてじっくり考えていくつもりです。

02 特に夢がなかったから、広く学べる社会学部に

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脇中:どうして大谷大学に来たのかな?
 
青山:高校2年生の時に、友達にオープンキャンパスに誘われたんです。その時にいろいろ話を聞いて、いいかなって思って。それで指定校制推薦で入りました。
 
脇中:オープンキャンパスに来る前は、他の大学を考えてた?
 
青山:はい。経済学部とか経営学部とかがある大学を考えてました。
 
脇中:それで現代社会学部にしたのはなんでなの?
 
青山:社会学は幅が広いなと思って。あまり将来の夢がなかったんで、社会学で広く学んでおいたらいいかなと。
 
脇中:オープンキャンパスでは、どういう話を聞きました?
 
青山:最初に講堂で全学部の話を聞いたんですけど、社会学部は幅が広いのが取り柄って聞いて。それが決め手です。そこから社会学部について調べて、って感じです。
 
脇中:他の大学にも社会学部ってあるけど、目移りしなかった?
 
青山:そうですね、あんまり。オープンキャンパスにも2校しか行かなかったですし。
 
脇中:そのもう1校と大谷とでは、何が違ったの?
 
青山:そっちは、入ってからが大変って聞いたんで。せっかく入ったのに単位を落としたら嫌だなと思って大谷にしました。
脇中:大谷大学も簡単に単位が取れるわけじゃないんだけどね(笑)。経済の勉強はしなくてもよかったの?
 
青山:そうですね。特に目的がなかったので。
 
脇中:じゃあ、去年の今頃は何してたの?
 
青山:もう合格は決まってたので、イタリア料理の店でバイトしてました。
 
脇中:結構貯まった?
 
青山:はい。友達と卒業旅行に行ったので、その時に使いました。
 
脇中:入学前教育はどうでした?2月に大学へ1回来たでしょ?
 
青山:はい。本を読んで、自分の意見を紙に書いて、っていうのをやりましたね。学校に来た時は、みんなめっちゃ静かで緊張しました。
 
脇中:最初は他の人の名前も顔もわからないからね。

PROFILEプロフィール

  • 脇中 洋

    社会学部現代社会学科 教授



    1959年東京生まれ。京都大学農学部を経て、1996年立命館大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得退学。1999年花園大学講師、2002年同助教授、2006年教授。2008年より大谷大学教授、現在に至る。臨床心理士、保育士。
    「コミュニケーションの発達的変容」を研究テーマとして、以下の個別課題に取り組んでいる。「乳児の初期コミュニケーションの生成と変容」「発達障害児や聾児の対人コミュニケーション」「取調べにおける供述分析」「高次脳機能障害者のピアサポートによる自己の再構築」「犯罪加害者の更生」。いずれの課題も、「ヒトはどこまで変わりうるのか」の探求を目指している。



  • 高校2年の頃は経済学部や経営学部のある大学を考えていたが、社会学部に入学した決め手は「間口が広かったから」。コロナ禍での授業に戸惑うこともあったが、持ち前のおおらかさで友達と助け合って乗り切ってきた。
    将来の夢が定まらないうちは、様々なことを学べる社会学部で知見を広げようと考えている。また研究は「できることではなく、好きなことから始める」とのアドバイスを受け、今後についてじっくり考えていくつもりだ。