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OTANI TALK

2017

(短)仏教科 p.05


このページに掲載している情報は、取材当時(2016年度)のものです。

05:お経の意味が少しずつわかってきた

藤元:印象に残っている授業はありますか?

片岡さん 片岡:「哲学入門」で、いくら考えてもそれが良いことなのか悪いことなのか、はっきり言えないことについて考えるっていうのが面白かったです。例えば、線路の上をトロッコが走っていて、行く先で線路が2手に分かれているんです。1つの線路には作業員が2人作業していて、そのままだとぶつかってしまう。もう1つの線路には、作業員は1人だけいるんです。自分がトロッコのスイッチを持っていて、どちらに行かせることもできるんですけど、そのまままっすぐ行かせて2人の命を奪うのか、命の数としては少ない1人の方に向かわせるのか。いくら考えても答えが出ないんです。

藤元:その授業で、先生は何てまとめたの?

片岡:いくら考えても答えが出ないようなことを考えるのが哲学だって。

藤元:そうか。そういう授業は高校とは違う?

片岡:違いますね。高校時代には、そういう内容については考えたこともなかったので。

藤元先生 藤元:でもそれを面白いと感じるというのは、きっと考えることが好きなんだろうね。他にはどんな気づきがありましたか?

片岡:家では報恩講でお経を読んでたりもしたんですけど、内容は全然わかっていなかったんです。大学に入って少しずつその意味を知っていくのが、本当にやりがいがあります。「こういう意味だったんだ」っていう発見があって。それから、親鸞のことについて学ぶまでは、すごく偉い人だと思っていて、神格化まではいかないですけど、自分とは遠い存在の人だと思っていたんです。でも大学に来て親鸞ゆかりの地を巡って、「ここで仏教を学んでいたんだ」とか思ったりして、身近な存在なんだなって思いました。

藤元:茨城も親鸞にすごくゆかりのある大事な場所なんですよね。京都で親鸞を身近に感じられたっていうことなので、地元でも親鸞ゆかりの場所に行ってみたりすると、また発見があると思いますよ。

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