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生活の中の仏教用語

生活の中の仏教用語 - [255]

流通

「流通」
沙加戸 弘(さかど ひろむ)(国文学 教授)

 「りゅうつう」と読んで、気体や液体がある通路を流れ通ること、あるいは広く通じること、また貨幣や商品が市場を往来することの意に用いられるようになったのはまことに新しく、一、二の例外を除けば近代それも大正以降のことである。
 本来、「流通」は「るつう」または「るづう」と読み、仏の正しき教えが普く広まり伝わっていくことを意味する。『金光明最勝王経』(こんこうみょうさいしょうおうきょう)第三巻には「安穏豊楽 正法流通」(あんのんほうらく しょうほうるつう)とあり、聖徳太子の『勝鬘経義疏』(しょうまんきょうぎしょ)には、「如来、まさにこの経を流通せんと欲す」とある。さらに「流通物」(るづうもつ)と「物」の字が付加された場合も仏の教え、仏法そのものを意味する語となる。
 この「流通」が、前述したように気体や液体の移動を表す語として初めて使われたのは、明治の化学の教科書で、貨幣や商品に使われた例は、読みは時代状況から見て恐らく「るづう」であろうが、早く江戸中期享保三年に成立したとされる荻生徂徠の『政談』にある。徂徠は「金銀金持ノ手ニ固マリ居テ世界へ流通セヌ故、金銀ノ徳用薄ク成テ、世界困窮シタル筋アリ」と貨幣の鋳造と流通の促進を徳川八代将軍吉宗に進言した、と伝える。
 ひるがえってこの国は、元禄文化を生んだ三十年間と、昭和三十六年以降の三十年間と、二度の高度経済成長を経験している。二度目の高度経済成長は終わってまだ二十年にもならないが、その盛期、「昭和元禄」の語を造ったのは現首相の父君であったと記憶する。
 この二度の高度経済成長のもたらしたものが、流通の確立と充実であった。金さえあれば、いつでもどこでも、商品ならば何でも手に入れることが可能である、という状況を生んだのである。実際は、危ういもので、天変地異等の際は全く無力となるが、それでも金は人生の目的、とはならないにしても、人間の生活の一つの目的となり得る、すなわち自立をした、ということになろう。
 現代の生活に、流通という働きはいわば根幹をなすものであるが、物を動かすだけでは流通にならぬ、と思いかえす時であろうか。

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