生涯学習講座

2004年度受講講座
『熊野信仰の諸相-紀伊山地の自然と日本人の信仰-』

2004年度講座受講生/吹田雄二郎さん

「熊野三山フィールドワーク」に参加して

フィールドワークに向かう吹田さん

社会人に門戸を開放された大谷大学の生涯学習講座を昨年の春、初めて受講させていただきました。講師の先生方も大変熱心で、懇切丁寧に講義されますので、内容もある程度は理解することが出来ました。

今回は、現地でのフィールドワークという事で、一泊二日の学習に参加させていただきました。「何も知らんで見物するもいいが、知っていて見物すれば又一そうの興があるものです。あなたも熊野三山の信仰の由来ぐらいは知っておいたほうがいい」とは三島由紀夫の小説『三熊野詣』の文中、主人公の藤宮先生が常子という女性に語る言葉です。私の本講座受講の動機もそこにあります。

中辺路で最初に立ち寄りました「滝尻王子」では、いよいよこれから遠い道先にある熊野本宮へと目指して身も心も新たに、この熊野の入口から出立していった中世や近世の真剣な熊野詣の人々の心に思いをいたすことができました。
また、大型バスの通行は神業を要するような山坂道を「発心門王子」へと案内していただきました。藤原定家と尼の南無房とのエピソードを、山本氏は実にユーモアたっぷりに紀州弁で話されるので尚一層に興がつのりました。この二王子参詣は予定外の行程だっただけに、講師のおふた方のご配慮には頭が下がりました。

フィールドワークの様子

本宮大社参詣の後、熊野川をバスの車窓に眺めながらの山本氏による「川の熊野」の説明も実に楽しいものでした。対岸の急峻な山腹からは、いくつもの滝が緑の樹林の中に遠望することができ、熊野ならではの景観でした。

当日の宿は由緒ある宿坊の尊勝院でした。三十名ばかりの西国巡礼の人達と同宿で、翌朝五時からの青岸渡寺本堂でのお勤めには、私達も一緒に掌を合せました。高木貫主様の法話があり心に沁み込みました。沛然と宿坊の屋根をたたいた前夜の那智名物の大雨も朝方には程よくあがり、目にした大滝は神秘そのものの姿で、私の眼前に隠れ又すぐに顕現する景色は実に幻想的でもありました。滝宝殿で「那智参詣曼荼羅」の実物を拝見することができましたのは大きな感激でした。

フィールドワークの様子

次に到着しました渡海上人ゆかりの寺「補陀洛山寺」では、特別に重要文化財の十一面千手観音像を開帳していただき、その御顔を拝したとき、私の熊野フィールドワークの感激はここに極まりました。那智大社の参詣道「大門坂」とイザナミ尊を葬ったと伝承される「花の窟」にも深い感銘を受けることができました。 大谷大学の教授であられた五来重先生のご著書『熊野詣』のむすびの中で、「ただわれわれは熊野三山の歴史と遺物を虚心にみつめ熊野三山の一木一石一径をあじわうよりほかはない」と述べられていますとおり、熊野の地が記紀神話と仏教説話と修験の思想とで二重三重に習合されており、全く幻想と謎とロマンに満ちた世界であるだけに、先生のその言葉が私の心にも直に響いてくるのでした。  まさしく聖地熊野は日本人の思想の生命の芽を育む母の胎内のような大きな大きな宇宙であるといっても決して大袈裟な表現ではなかろうと思います。

フィールドワークの様子

この度の企画は熊野の自然の豊かさと地元の人々の熊野の神々に対する熱い念いを、参加者全員が受けとめる事が出来たと思います。 近々にユネスコにおいて、高野山・吉野大峯・熊野が「紀伊山地の霊場と参詣道」として世界遺産登録の可否決定がなされると聞いています。いずれにしましても私達日本人の先人達が宿してきた「自然崇拝」の心だけはこれからも決して見失ってはならないと思う機会となりました。